秀満の指示が飛ぶ。復唱し満遍なく指示の伝達を試みる者や蘭丸への伝達に走る者と戦場が動きだす。
槍隊は政近隊の真正面に密集し、巨大な槍の盾を完成させ、その両脇を長槍隊とそれを護衛する歩兵隊が固める。
「憶するな!槍衾を避け両脇の長槍を攻撃せい」
再度政近の怒号が響く。
「甘い!両翼隊に伝えよ。長槍隊に攻撃しだしたら横合いを突け」
秀満はこれを聞こえよがしに大声量で叫んだ。
政近隊に動揺と警戒が走り、将らの懸命の鼓舞も虚しく空回る。
やがて政近隊後方から喊声があがり、数十の矢が飛来すると、政近隊は好まざるも槍隊の方へじりじりとにじり寄って行かざるを得なくなっていく。
そこへ長槍隊がその重量に任せて長槍を次々と倒してきた。殺傷能力こそ低いが、まともに当たれば骨折や打撲といった戦闘力を削ぐ能力は大きい。
政近隊の兵らは後方の弓、前方の槍衾と長槍には抗らえず、投降する者が続出した。
「まだ戦うか!政近」
秀満は再び政近に投降を呼びかけた。
この声に反応して、さらに多くの敵兵が武器を捨てて敵意のないことを示す。
「貴様ら!武器を拾えっ!戦え!」
政近とその側近だけが戦意を喪失させず、どんどん降っていく兵らを呼び止めていた。
だが後ろから迫りくる恐怖心はそれしきでは止まらない。
「哀れな。政近、もはやこれまでと諦めよ」
「くどいぞ!我は光秀様の臣、松田政近だ。裏切り者めが。一騎打ちに応じよ!」
ここはもう一騎打ちにて秀満を破り、逃れるしかない、と政近が煽る。
「秀満殿、雑魚の戯れ言に付き合う必要などない。私がその首叩き斬ってみせましょう」
政近の後方で蘭丸が名乗りをあげる。
「くくく。貴様も生きていたのか、尻小姓」
政近は口汚く蘭丸を罵った。
蘭丸は激高して、政近に駆け寄ろうとする。
「蘭丸殿、待たれよ。殺してしまっては、政近の本隊にいると思われる武将まで心を閉じてしまう」
秀満は蘭丸を止め、愛刀を鞘から抜くと、
「私が相手しよう」
と、政近に向かって馬を駆けさせた。
秀満の馬があっという間に距離を縮める
やけに甲高い金属音が鳴り響き、秀満が政近の脇を駆け抜けていく。
「光秀様は生きている」
「……!?」
刃がぶつかる音に紛れて小声で秀満が話しかける。
「うまく受けたな、もう一度参るぞ」
馬を返し、再び政近に斬りかかる。
「今は降れ」
刃と刃がまたしてもぶつかり合い、その最中に秀満が再度呟いた。
それは当然蘭丸他兵らの耳には届かず、打ち合う二人のみに聞こえる。うまく死角を突いていたため、蘭丸の側からは見ていてもわからない。
「汚いやつよ、馬から降りて戦え!」
政近は真意がわからず、秀満と三度の接触を試みようとした。
「良かろう。私にかなわないことを身をもって知れ」
政近の意図を感じ取った秀満は、挑発に乗ったように見せ、馬を降りた。
そのまま政近のと間を一気に詰め、果敢に斬りかかる。
「光秀様は呂蒙と名を替え呉の地におる」
秀満は本気で攻撃していた。
手を抜いてばれないようにするためである。そのため政近は防戦に必死になりながら秀満の呟きを聞いていた。
「誠か?」
「うむ。政近取っ組むぞ、私の刀をはじけ」