蘭丸は本心ではまだわだかまりが溶けずにいたが、いずれ尻尾を掴んでみせようと心の奥底で誓い、表面を取り繕った。
秀満と信澄が各々兵を連れ、本隊から離れていく。
秀満は蘭丸と駒を並べて進軍を指揮していた。
(蘭丸殿が目付役ならばあまり動きが取れぬな)
秀満は蘭丸の存在を苦々しく思った。信長と面会して以来、光秀と連絡を取る機会に恵まれず、ただ時間だけが過ぎていく。
だがその時間で信長の本来の姿を垣間見た気がしていた。それは秀満の気持ちを大きく揺るがしている。
光秀に殉ずる気持ちは日に日に薄れ、今は信長の描く夢に殉じたいとさえ思う。だが、とにかく一度だけでも光秀に連絡は入れておきたい。
秀満は無言でそのための策を練っていたが、決まらぬまま水色桔梗を掲げる軍と遭遇する。
「秀満殿、あれが件の軍勢ですな」
蘭丸が語りかけてくる。
「そのようだな。蘭丸殿、あの軍に使者を送るか戦闘を仕掛けるか選ばれよ」
秀満が蘭丸に問う。
「そうですなぁ……」
「三宅様!敵襲でございます。前方の水色桔梗を掲げた軍勢の別動隊と思われる部隊が約五百ほど、我らの側面より迫っております」
蘭丸が思案している所に襲撃の報告が入る。
「問答無用でしたな」
「そのようであるな。陣形を鶴翼に切り替えよ。奇襲隊を包み込め」
秀満の指示に、軍が生物のように動き、陣形を変化させていく。
秀満は蘭丸に退路を塞ぐように左翼を指揮せよ、と命じ、自身は一番激戦が予想される中央の要へと向かった。
「敵部隊斬り込んできます」
戦況報告を受け、敵部隊の動きを探る。鶴翼は完全に機能し、左右両方の翼が開いていく。
やがて両翼の先端が互いに触れ、敵部隊を中心に据えた輪を作りだす。
囲まれたことを知った敵部隊は活路を開こうと秀満のいる要部分へと猛進し始める。
「槍隊構え!」
秀満が声を張り上げる。
最前線の槍を持つ兵は、槍を敵軍に突き出すように構える。そのすぐ後ろには長槍隊が控え、突進の止まった敵を叩き潰すべく待ち構える。
これを見た明智軍は突撃の勢いが落ちだした。だが止まった所で蘭丸率いる部隊が後方から迫る。
「止まるな!前方を切り開け!」
敵将の叫び声が聞こえる。秀満はその声に聞き覚えがあった。
「
秀満は前線に駆けていく。
「まさか……秀満様?」
「おう、そうだ。久しいな」
「はい。しかし、なぜ秀満様が織田の旗を掲げているのです?」
「今の私の主君は信長公だからだ」
「の、信長公!?」
「そうだ。今なら信長公は帰参を許してくれるであろう。武器を捨て降れ」
政近は混乱した。かつて信長に叛旗を翻した主筋の人物が、今は信長への降伏を勧めている。
「く、降れませぬ!」
「何っ?」
「あの信長公が許すはずがない。処刑されるくらいならば今ここで戦って果てまする」
「私が無事と知り、それでも尚、刃を向けるか?」
「我が主君は光秀様であり、貴方ではない。さあ参りますぞ!」
政近が刀を秀満に向ける。
「やむを得まい……」
秀満も兵らに戦闘の指示を出す。
「突撃し、本隊へと戻るぞ、突き抜けよ!」
この政近の号令で再び合戦が再開された。
「槍隊密集せよ、蘭丸殿には両翼からの援護を頼むと伝えよ」