美形の顔を醜く歪めて蘭丸が吐き捨てる。
「義兄もいるとは……」
そのような仇敵となぜ行動を共にしているのかはわからないが、信澄自身は秀満に悪感情は抱いていない。
「とにかく信忠様と合流したい。今私は袁譚殿に身を寄せているが、なんら問題あるまい。伝えたい儀もある」
蘭丸は快諾し、信澄軍を信忠軍へと誘導した。
「信忠様、お久しゅうございます」
「本当に信澄か!」
予期せぬ人物の登場に、信忠はもちろん秀満も再会を喜んだ。無論、会えたということは彼らが生きていた時代での死を意味するので心底とは言えないが。
「して、伝えたい儀とは?」
「はっ。どうも袁譚殿の物見によると、桔梗紋を掲げてる部隊が袁尚軍に見受けられると」
「ふむ、桔梗紋だけでは判断がつかぬが、明智家の者がいる可能性も考えられるということか」
皆の視線が秀満に向けられる。
秀満は何も知らぬと首を横に振った。
「仮に明智の家臣がいた場合どうしますか?」
蘭丸が口を開く。これは極めて難しい問題であった。
異国の地で出会う同朋であるだけに親近感はひとしおだが、信長に謀叛を起こした者たちであり、厳密には味方ではない。
秀満のように恭順の意を示したところで、許されるとは限らないのだ。
「話せば力添えしてくれよう」
という信澄の意見があれば、
「討ち滅ぼしてくれよう」
と、息巻く蘭丸の意見もある。
また道三のように、
「利用できるものは利用したらよい」
との意見もあり、とてもまとまりを見せない三人は信忠と秀満の意見も求めた。
「私には意見できない儀であるゆえ、信忠様の采配にお任せします」
秀満はうまくかわし、信忠へと視線を送る。
「まあ待て。まだ実際に明智家の者か確認したわけではないのだ。出くわしてから対策を考えても遅くあるまい」
信忠は冷静に返した。これには皆、押し黙るしかない。
沈黙を破り信忠が話を切り替える。
「信澄、袁譚に義理立てする必要がなければ、我らと行動を共にせぬか?」
「勿論。袁尚らと戦うことで袁譚への義理を返すこととなるでしょう」
信澄は考える様子もなく応諾した。
信忠はそれを受け、軍を再編成し、再び南皮へと進んだ。
曹操本隊が鄴へ向かったという知らせが行き届いているのか、袁尚の勢力下の軍勢とは出会わず、進軍は滞りない。
ただ進むだけの退屈を貪っている時にその知らせは届いた。
「南皮近辺に桔梗紋の軍勢約三千。水色の旗地に白抜きの桔梗、明智家の手勢と思われます」
俗に言う水色桔梗紋である。これは明智家の旗印で間違いない。
「将は?」
信忠が短く尋ねる。
「不明です」
物見兵も尋ねられたことのみをはっきりと答えた。
「秀満、信澄。各々兵千を率いて、敵将を探って参れ。味方に引き入れることができるならしても構わぬ」
「信忠様!」
信忠の指示に蘭丸が強烈に反応した。
蘭丸は信長を殺害した明智の者共と手を組むなどと汚らわしい、とでも言いたげな表情で信忠に詰め寄る。
「父上ならばどうするか考え、それが私の意見と一致すると感じたゆえの指示だ。従えぬか?」
秀満を許した経緯やこれまでのことを考えると、信長からは過去のしがらみなど全く感じられない。
むしろ、今を思う存分生き抜こうとする精悍さに溢れているようであった。
「申し訳ございませぬ。秀満殿の与力として共に従軍致します」