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第2話

「承知致しました。早速出立しますゆえ、失礼」


 新たな任務を言い渡され、信忠は意気揚々と任地へ向かう支度にかかった。


「あの信長の子息とは思えんな、甘すぎる。その点では子桓が上か」


 去る信忠の背を見つめながら曹操は再び苦笑し、独り呟き見送った。



「皆の者、我らはこれより并州へ向かう。刺史高幹を討伐せよとのことだ」


 自陣に戻り配下の将らを集め、次の任務を告げた。


「先陣は秀満殿、御牧、二陣に光忠殿と阿閉。蘭丸は後陣を任す」


 陣触れを出し、各将が行動を終えると、鄴より北西の并州に向けて軍を動かした。


 この頃になると光忠らもようやく活力を取り戻しており、軍の調練に精を出していた。


 そのため、士気の下がっていた軍も活気づいている。


 雲一つない晴天の下、信忠軍は意気軒昂に進軍していった。


 しかし歴史が歪みつつあることを秀満も信忠も、信長や曹操、光秀にしても誰一人気づいていなかった。



「おのれ!」


 馬超は思いの他の苦戦に苛立ち、机を蹴飛ばしていた。


「荒れてますな」


 音を聞いた龐徳が馬超の幕に入ってくる。


 馬超は優勢に事を進めていた、そう思い込んでいた。


ところが今、北と西には異民族である匈奴きょうどの騎馬の大軍がおり、特に西には単于ぜんうと呼ばれる指導者の呼厨泉こちゅうせんが陣を構え、東の太原たいげんには高幹が本軍を置き、南には郭援が待ち受けているという包囲網を作られていた。


 先の戦いでは馬超軍は猛攻に次ぐ猛攻で郭援を討ち取る寸前まで追い詰めたのだが、匈奴軍の大挙により取り逃がしていた。


 その時捕まえた高幹の兵によると、某という智者が高幹に策を授けているという。


 郭援を破れば、長安まで退くことはできるのだが、馬超の自尊心がそれを許さない。


 しかしゆるゆると締め上げるような包囲に、馬超もなすすべなく、ただ八つ当たりするだけであった。


「馬超殿、兵糧も心許ない。ここは長安に退くべきではないか?」


 龐徳は撤退を提言した。


 幾度か長安へ救援の使者は送っているのだが、軍どころか返答の使者さえ訪ねてこない。


 郭援と長安の太守鍾繇が叔父甥の間柄だからか……という疑念さえ浮かんできており、馬超はそれを声高に叫んでいる。


「撤退などせぬ。長安で戦わず捕らえられでもしたら馬家の名を汚す」


 龐徳は内心、くだらぬ自尊心だ、と思っていたが、それを表面に出すこともなく馬超を諫め続けた。


「西涼に戻るには呼厨泉の大軍を抜かねばならぬ。だが兵力士気共にこちらが劣るゆえ無謀ですぞ」


 馬超も頭ではわかっているのだが意固地になって長安へ退陣拒否を続けた。


 この馬超の心情を読んだかのような策を繰り出す相手の策士に龐徳も肝を冷やしていた。


 高幹からは数度に渡り降伏を促す使者が到来するが、それも当然受けるはずはなく、ますます馬超の焦りを強める。


「しかし、やりにくい相手ですな」


 龐徳の本音である。戦場における戦術ならば馬超、龐徳どちらもずば抜けているのだが、策略に関しては疎く、矛先を次々と変えてくる謀略は苦手であった。


「高幹ごときにこうもあしらわれるとは。西涼軍の名折れだ、なんとしても高幹の首を取るぞ」


 そう言うと馬超はすくっと立ち上がる。


「馬超殿、勇猛と無謀は別ですぞ」

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