守就は焦れていた。あれから一刻は経っただろうか。
西涼軍は確実に減っているのだが、肝心の馬超と龐徳の両将は疲れは見えているものの、まだまだ崩れそうになく、むしろ匈奴軍の士気が下がっている。
追撃で出陣した高幹軍も両将の勇猛ぶりに腰くだけ気味であった。
高幹自身出撃し、士気を高めてもらいたいのだが、何度進言しても一向に動く素振りすら見せない。
守就が自ら出撃したい気持ちもあるのだが、高齢のため乱戦状態の戦場に赴いたところで足手まといになるのが目に見えている。
やがて南方から小さな砂塵が見えた。
「あれは?」
守就が側近に尋ねる。
「はっきり見えませんが、我が軍と同じ兵装のように思われます」
「となると、あれは郭援……敗れたのか!」
守就は郭援に長安からの援軍を食い止めるようにのみ命じた。勝たなくても良い。敗走せずに時間だけを稼いでくれれば、と。
そして小さな砂塵の後ろからは、その軍の勢いを表すかのような荒れ狂う砂塵が天を舞っている。
「敵を引き寄せるとは愚かな!」
守就が怒りに戦慄く。
「儂の鎧と馬を用意せい」
側近に命じる声は普段よりも数段低い。
守就は老人の割には足早に、玉座にふんぞり返っている高幹へと歩み寄った。
「殿、郭援が敗れて逃げ戻って参った。しかも敵勢を引き連れてのう。かくなる上は儂も出陣しますゆえ、殿にも出馬し士気を高めて頂きたい」
「な、なんだと!おぬしの策は万全ではなかったのか!」
「郭援が守りきれぬという失態を犯したからのう。まだ次の策があるゆえ、出馬を」
高幹は策が外れたことに驚き、守就を責めた。だが守就も負けずに、郭援を重用していた高幹を詰る。
「次の策は間違いないのだな?儂は今は曹操と本気で事を構えるつもりはないぞ」
「
守就は部下に命じると鎧と兜を身に着けた。老齢で筋力の衰えは隠せないが、それでも見る者を唸らせるそれなりの風格がある。
さほど間を置かず、高幹の部下が賈逵を連れてきた。
幽閉が長いせいか、骨が浮き出るほどな痩せ衰え、歩くのもままならないようで足を引きずっている。
だが眼光は鋭く高幹を睨み付けている。頬も痩けているが、決して屈しないという顔つきであった。高幹はその視線にたじろぎ目を逸らした。
「この男をどう使うのだ?曹操相手に人質など通用せぬぞ」
「曹操本人には通じぬかもしれぬが、ここにはおらんであろう。この男の救出に友人である曹軍の手の者が忍び込んでいたと聞く」
守就は話しながら側近に合図を出した。
側近は白い布をかぶせた盆のような物を手にし、守就の前へと進み出る。守就は白い布をつまむとゆっくりと持ち上げた。
「!!」
その盆の上には賈逵の友人の首が乱雑に置かれてあった。
「知っておろう?」
賈逵は言葉を失い、ただひたすら涙を流した。
「この……外道が!」
「ふん、乱世に外道も何もないわい」
守就は吐き捨てるように賈逵を怒鳴りつけると、今度は高幹に、
「この男は鍾繇に頼まれて潜り込んだと吐いた。ここまで言えばわかるであろう」
と、小馬鹿にした言葉を吐く。
高幹は顔を真っ赤に染める。
「愚弄するか!この程度の策などとうに考えておったわ!」
「ほう、まあよい。ではこの程度の策で良いのだな?」
「構わん!だがしくじったら貴様の首が飛ぶぞ!」
冷静に高幹をからかう守就と、挑発により激怒する高幹。
賈逵は憎しみと悲しみが渦巻く心中ながらも、二人のやり取りに活路を見いだそうと策を練っていた。