奇声が阿鼻叫喚に変わる。直元軍の大将は怒りで我を忘れたのか、伏兵などは全く警戒もせずにただただ突進してきた。
半兵衛軍の伏兵は的確にこの男を狙い、討ち取ることに成功した。大将を失った軍は例に漏れず崩壊する。直元軍は這々の体で逃げだした。
半兵衛はそれを追うことを許さず、軍を再編成し、悠々と南へ向かっていった。
逃げる直元軍が信盛の拠点であった小屋までたどり着いたころ、ようやく本隊からの攻撃中止を告げる使者が到着した。
直に直元本人が着くと言うと、兵らは腰が砕けたようにその場に座り込んだ。
間もなく、直元と李通が到着した。
「すでに戦った後であったか……」
座り込み、覇気の見えない部下を眺めながら直元が呟く。
「大将はおらぬか?誰でも良い、戦況を知らせよ」
直元が叫ぶ。
「大将は敵の伏兵に会い討死、我らはなんとか逃げのび、今この場で休んでいたところです」
「そうであったか。ご苦労であった。もうしばらく休むがよい」
部下らに休憩を促すと、直元は一人、小屋まで歩いていった。
「このような状況でも、我らの追撃を撃退するとは……さすが竹中半兵衛」
と、手放しで褒め讃える。
小屋では李通が一足先に腰を下ろしていた。
「李通殿。儂は手勢を引き連れて先に進む。半兵衛と信盛殿を戦わすわけにはいかぬ。君には負傷した儂の部下と信長様を頼みたい」
「……わかった」
直元の頼みを李通は二つ返事で引き受けた。直元は自身が率いてきた兵に出発の指示を与え、すぐに進軍を開始した。
半兵衛軍はそれ以来何事もなく、南へと進んでいた。途中、信盛の居場所を確実に捉えるために物見を出したくらいであった。
やがて、信盛が陣を張る場所が特定でき、また弥助の部隊からも襲撃に成功し、猛追中であると報告があった。ようやく不運を脱したか、と半兵衛は胸をなで下ろした。
そして、信盛の陣に近づいてくる。
目視できるところまで近寄ると、半兵衛たちから見て西側がやけに騒々しい。
「弥助がうまくやってくれた。我らも突撃だ」
半兵衛が軍配を振るい、信盛軍に襲いかかる。
「北からも敵襲!」
信盛軍の動揺や混乱の度合いが強まり、あたふたしているのが半兵衛の目に写る。
勝った、半兵衛は感覚的に勝利を確信した。
実際のところ、半兵衛軍の兵の士気がかなり上がっていた。人間自分より弱い相手にはとことん強くなるものである。
弥助は既に敵陣に入り込み人一倍暴れていた。その渦中へ半兵衛軍も侵入していく。
ふと、半兵衛の視界に不思議なものが見えた。
「……まさか!?」
半兵衛は横を振り向き、再確認する。
「佐久間信盛殿!どこにおられるか!」
半兵衛は喉も枯れんばかりに叫び、その姿を探した。
「さすがに名うての名軍師よ」
半兵衛を褒めながら信盛が目の前に現れる。
「信盛殿、戦を止めよ!」
「何を今更!」
「我らが争っている場合ではないのだ。また別の部隊が潜んでいる!」
「劉表か孫権の部隊であろう。奴らは手出しせんよ!」
「否。私が見た軍勢は……毘の旗を掲げていた!」