「やはり戦い慣れしているな。だが……」
半兵衛は呟き、弓隊の攻撃を止めさせた。直元軍は弓を気にしながら、少しずつ山を降ってくる。
「やはり」
半兵衛は確信した。敵勢は飛び道具、いわゆる遠距離用の武器を所持していない。
「火縄を持て」
半兵衛は一丁だけ用意してある火縄銃を持ってこさせた。
続いて、
「火矢構え!」
と、指示を出す。
弓兵は各々腰にぶら下げてある油袋を取り出し、矢の先に浸す。
「合図を出したら点火し斉射せよ!」
弓を持たない兵が松明に火を点け待機した。
半兵衛は一番近くの木陰に隠れる兵に照準を合わせ、火縄に着火した。
じりじりと火縄の焼け焦げる臭いが鼻先をくすぐる。
途端に、山を、大地を揺るがすような轟音が鳴り響き、木霊した。
同時に半兵衛が狙いをつけた木は小さな穴を穿ち、隠れていた兵は絶叫を上げるでもなく倒れた。
これには木陰に身を隠す賊らも妖術かと驚愕した。木を盾にしていたのに仲間が倒れたのだ。
しかも下を見下ろすと、今の轟音の時よりも遥かに燃え盛る炎の点がいくつも見える。
木々が役に立たない以上、射程から外れるしかない。直元軍は我先にと姿を現し山を駆け上っていった。
「今だ。射よ!」
半兵衛の号令が下る。油によって勢いを得た火矢が背を向けて逃げる直元軍に襲いかかる。
半兵衛も援護に火縄銃を空砲で撃つ。
木陰から離れたため、矢は次々と直元軍を射倒し、あるいは草木に飛び火した炎が直元軍をも焼く。
「よし、弓隊は正面を向いたまま後退せよ。歩兵隊は先に退がり、兵を伏せ」
あれだけの混乱を見せた賊軍が追撃してくるまでには時間がかかる。
弓隊で飛び道具を意識させ、距離を詰めさせず、引き込んで伏兵にて壊滅を謀る。これが半兵衛が即座に考案した策であった。
南へ退却路を取れば、信盛軍にも近づける。半兵衛の指示に全く従順に兵が動いた。
兵の多くを死傷させた直元軍の大将は激高した。自身も命からがら逃げのびたのだが、悔しさを押し隠さずに、部下らに追撃し皆殺しにせよ、と怒鳴り散らした。
怒り狂う大将に触発され、直元軍が退がる半兵衛軍を追う。
「単純な。伏兵の用意ができるまで引きつけよ」
半兵衛は時々火縄銃の空砲を撃ち、賊の足を緩め、また弓隊に射掛けさせた。その状態がしばらく続く。
直元軍は接近戦に持ち込みたいのだが、弓と火縄銃のせいで近づけない。
やがて、半兵衛が伏兵を指示した場所に到達した。
「よし、背中を見せて逃げるぞ」
半兵衛は言うよりも早く遁走しだした。弓隊が慌てた素振りで半兵衛を追う。この一連の行動が、直元軍の大将を最高潮に怒らせた。
接近したくともできず苛立ちが募っている上に、突然背を向けて逃げたのが小馬鹿にされたように感じたのだろう。
自ら先頭に立ち、鉈のような武器を振り回し、鬼の形相で半兵衛軍のすぐ後ろにまで迫った。
「今だ!」
半兵衛の澄んだ声が、興奮し奇声をあげて追走する直元軍にまではっきりと聞こえた。
その瞬間、直元軍の両脇から伏していた半兵衛軍が槍を突き出した。