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第20話

「よくここまで鍛えあげたものよ」


 斥候隊が気づかぬほど周囲に同化し、隙を突くその手腕に、降り注ぐ矢をかわしながらも半兵衛が賞賛した。


 弓の攻撃が止み、半兵衛軍は敵部隊の突撃を警戒した。しかし、それは起こらず、かといって弓の攻撃もない。


 半兵衛が様子を見るため姿を現しても、先ほどのように気配が感じられない。


 弥助と目が合うが、今回は何も反応がない。人気も殺気も感じないということは恐らく退いたのだろう。


「怪我人の治療をせよ。斥候隊はこの先をしらみつぶしに探れ」


 半兵衛は警戒を最大限にし、進軍を止めた。


 逃げる信盛軍をなんの考えもなく追えば、同じ失敗を繰り返すことになりかねない。


 斥候の報告を待ち、着実に信盛を追い詰めるべく、あらゆる手段を模索していた。


 どのくらいの時間考えていたのだろう、半兵衛の下に続々と物見の報告が寄せられた。


「敵大将佐久間信盛発見」


「大将を見つけました!」


「佐久間信盛が待ち構えております」


 三方向に放った斥候の報告である。


「どういうことだ!?」


 三人の佐久間信盛は全くの想定外であった。


 伏兵や策略に関してあらゆる可能性を考慮していたのだが、それを見事に上回っていた。


 三方向に兵を分けるわけには当然いかない。一番近いのは現在地より真東。次が北東、一番遠いのが南である。


 半兵衛は自分ならばどうするか思案した。


「南だ。南の佐久間信盛を追う」


 半兵衛はそれほど間を置かず決断した。南が一番遠くて安全なため、という理由も当てはまらなくはないが、それ以上に南は荊州と揚州との境目で、下手な軍事行動は劉表や孫権を刺激することになる。


「東と北東はどうされますか?」


 部下が尋ねる。


「どちらも兵はさほどいないはずだ。後ろを突かれる心配は無用だ」


 部下は納得し頷き、立ち去った。


「弥助、おるか?」


 半兵衛が呼ぶと外で待機していた弥助が即座に小屋に入ってきた。


「弥助、斥候隊を連れて東の佐久間信盛を蹴散らせ」


 と、簡易な手書きの地図を書きながら弥助に策の説明をする。


「蹴散らしたら本隊へと逃げ帰るはずだ。全力で逃がせ」


 全力で逃がせ、というのが半兵衛の策の肝であった。


 弥助がそこまで深く理解したかはわからないが、自信満々に頷き、目には強い意志が見受けられた。


 弥助たち斥候隊が出立する。半兵衛らも出陣の準備を終え、号令次第ですぐ進発できる。


 だがそこに、多数の殺気を露わにした一団が小屋周辺の山林に到着した。直元が派遣した佐久間軍援軍部隊であった。


「なんだ、伏兵か?」


 遠目からも殺気立つ軍勢は確認できた。これも想定外だ。


 しかし、佐久間信盛らと絡んでから策が裏目にばかり出る、半兵衛は内心嘆いた。


 主力の弥助を欠き、今新たな軍勢と戦わねばならない。その上、弥助に授けた策も、半兵衛率いる軍が南下していなければ意味を為さない。


「こやつらを素早く倒すぞ」


 数の上では半兵衛軍が勝る。出陣準備を整え済みだったのが幸いし、防衛態勢はすぐに整った。


 半兵衛の弓隊が山林に向かい矢を放つ。直元軍は各々木に身を隠し、それを防いだ。


 立ち並ぶ木を盾に、徐々に直元軍が距離を詰めてくる。

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