「竹中殿はその前に亡くなったのだからしょうがないか」
その時の感情が蘇ってきたのか、信盛の瞳に殺気が宿る。弥助はすかさず半兵衛の前に立ちはだかった。
「弥助か。何もせぬよ」
それでも弥助は動かない。
「まあよかろう。竹中殿、儂はな、信長様の癇癪で追放されたのだよ。噂では他に
「なんと…叔父上も!?」
半兵衛は弥助を手で制止、一歩前へ出た。
「そうだ。憎いであろう。殿の機嫌次第で筆頭家老と言えど、いとも簡単に切られる。おぬしもそのうち同じ目に合うのではないかな?」
半兵衛はそんな事があったとつゆ知らず俯いた。
だが、さっと顔を上げ、信盛を睨み返すと、
「否!今の信長様は昔とは違いますぞ」
と、きっぱり言い返した。
「ほう。すごい自信であるな」
「ええ。信盛殿も信長様に会えば理解できるでしょう」
「残念だがそれは儂の意地でお断りする。どうしても会わせたくば戦にて儂を捕らえ、信長の下へ連れていくが良い」
「なるほど。あいわかった」
半兵衛は踵を返し、信盛を背にした。
後ろを向いた半兵衛の背を弥助がすかさず守りに入る。それを見た信盛は苦笑いを浮かべながら、二人が立ち去るのを見送った。
半兵衛は自陣に帰りつくと即、出陣の陣触れを出した。
半兵衛の率いてきた軍は、半兵衛の厳しい訓練の成果もあり、行動が素早く規律正しい。半刻も経たない内に、準備が整ったと部下が告げる。
軍は先陣本陣と分けずに進発した。
半兵衛が指示を出しやすいように、また手足の如く扱い易くするためである。
木々に覆われた細い道を進むが、伏兵を警戒することを忘れず、弥助に斥候の得意な兵を数名つけて、別行動させてある。
だが予想に反して伏兵はもちろん、罠ひとつ見つからなかった。
地の利があるはずなのに、と半兵衛は逆に訝しく思い、なおさら警戒を強める。
木々で覆われた道を切り抜けると、先ほど訪れた小屋が見える。半兵衛は斥候隊を小屋周辺に向かわせた。
しかし、人の気配はなく、火薬などの罠すらないという。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。半兵衛は決心し、小屋まで軍を進めた。
物見の報告通り、人の姿はなく、気配も感じられない。ただ弥助だけは辺りをきょろきょろと見回し落ち着きがなかった。
「弥助、何かあるのか?」
「サッキ……」
半兵衛も兵らも気づかない殺気をヤスケが感じ取っている。半兵衛はそれを受けて、小屋を囲むようにそびえる森林を注意深く見てみた。
相変わらず見えるのは草木ばかりであった。
「何も見えぬな……」
半兵衛が弥助の方を振り向くと、
「アブナイ!」
と、半兵衛を突き飛ばした。
見ると半兵衛がいたところには矢が数本突き刺さっている。
矢が飛んできたと思われる方を凝視するが、やはり木々しか目に映らない。だが、よくよく観察すると木々が風もないのに蠢いていた。
よくよく目を凝らすと緑と茶色を基調とした服を着ている賊らが、弓を構えている。
「まずい!小屋へ避難せよ!」
半兵衛が叫ぶのとほぼ同時に四方から矢が降ってくる。
一瞬早く気づいたものの、降り注ぐ矢に数十人単位の兵が負傷した。