半兵衛は使者の帰還を待っていた。それも悪い返答などは全く考えておらず、信長の下に馳せ参じて当然とばかりに思っていた。
「使者が戻りました!」
半兵衛はすかさず呼び寄せる。
「首尾はいかがであった?」
「ぜひ竹中殿と会って話したいと」
予想通りであった。半兵衛は自ら赴くことを使者に告げにいかせると、そのまま陣を出ようと歩きだした。
だが半兵衛の先をふさぐように弥助が立ちはだかる。
「どうした?」
半兵衛は怪訝な表情で弥助に問い掛けた。その弥助は首を横に大きく振り、両腕を広げて、
「ダメ」
とだけ声を発した。
「なぜだ?」
弥助は覚えた言葉を頭の中で探るが、半兵衛に伝えるための適切な言葉が見つからなかった。
半兵衛も詳細はわからないまでも弥助の行為からなんらかの危険があるやもと察し、
「弥助、私を守ってくれ」
と、肩を叩いた。
今度は弥助は大きく頷き、道を開け、半兵衛に寄り添うように護衛し始めた。
そんな半兵衛とヤスケの行動は逐次信盛に報告されていた。
部下の集めた情報から織田家の旗を掲げていることを知らされ、また黒鬼と恐れられているのは弥助であろうことにも気づいていた。
織田家を離れ、高野山に逃れ、最初はついて来た者たちの大多数にも見捨てられ、そんな辛酸を舐める二年を過ごしてきた信盛の闇は小さくはなかった。
それでも長年揺るがず織田家に忠誠を誓い、信長を幼児のころから見守ってきた自負はあるし、愛着も深い。
こうして昔を思い出していると、ちょうど織田家からの使者が来訪した。
信盛はとりあえず軍を率いる大将との面談を希望した。まだ自身の気持ちがはっきりと定まっておらず揺れていた。追放された恨みはあるが、復帰して信長の手助けもしたい。
権力に捕らわれているつもりもなければ、独立して覇を競うほどの才覚がないことも自覚している。
いろいろな葛藤があの軍の大将に会えばほどけるのではないか、と決めかねる自分の気持ちを他人に委ねようとしていた。
敵陣が近づくに連れ、半兵衛の周囲をより一層弥助が警戒を強化する。信盛率いる賊徒を見かける数が増えてきたためだ。
弥助の目はつり上がり、時にはぎょろっと見開き、まさに鬼。賊徒は襲うどころか近づくことも恐れ、目が合うことすら拒絶した。
「あれがそうか」
半兵衛が指さした方に二棟の粗末な掘っ建て小屋が並んでいるのが見える。
他にも山肌をくり抜いたような穴も幾つか見受けられ、原始的な生活をしているのがわかる。
「佐久間信盛殿居られるか。私は竹中半兵衛重治だ」
細身の色白でひ弱そうな男が放つ大音量の声にまた、賊徒たちが驚いた。
「よう参ったな。しかし竹中殿が軍を率いておったとはのう」
半兵衛が呼びかけると奥の小屋から中年よりもう少し上の男がゆったりとした足つきで出てきた。
「それはこちらとて同じ。しかも織田家の重臣たる佐久間殿とあれば心強い限り」
「そうか。おぬしは知らなかったのだな」
「……?」
知らなかったとはどういう意味かわからない。