信長に褒められ、直元は顔を赤らめた。
「信長様はなぜここに?」
「話せば長くなるが、儂はここら一帯を領地として譲り受けたのだ」
「曹操に?では信長様は曹操の配下となったのですか?」
信長の説明に唖然として聞き返した。
「いや。曹操とは盟組みをしているだけだ」
その答えを聞きほっと胸をなで下ろす。
「ところで卜全よ、この地を治めるに儂の部下だけでは手が足らぬ。再び儂の下へ参れ」
信長からの誘い。
直元はこれに反論することなど出来なかった。信長の覇道の志半ばで倒れ、死の間際に悔いていた直元にはむしろ喜ばしい言葉であった。
「一国一城の主になる夢、信長様に託しまする」
直元は隠れている部下らを呼び寄せると臣下の礼をとり、信長軍へと編入された。
これにようやく李通が追いつく。
「遅かったな、李通」
氏家卜全という有能な配下を手に入れた信長は上機嫌に輪をかけたようである。
李通は黙って深々と頭を下げた。
その頭を上げる時、見覚えのある顔が信長の後ろに立っていることに気づいた。
「……直元!」
李通が腰の剣に手をかける。
「李通、直元はこれより儂の配下だ。今までのことは水に流し、互いに戦功を競え」
「…………はっ」
いつもよりも長い沈黙の後に、腰から手を離し、納得いかないまでも一言返答した。
なにが起きて直元が信長に降ったのかまではわからない。だが主格の者がそう言うのだからただ黙って従っていた。
信長は李通を見て大きく頷き、
「さて、半兵衛の方はどんな具合であるかな」
と、半兵衛がいるであろう方角を向き呟いた。
その声には不安や心配など微塵も感じられず、全幅の信頼を置いているようであった。
「半兵衛?竹中重治ですかな?」
信長の漏らした言葉に直元が反応した。
共に美濃斎藤家に仕え、父の重元とは長良川合戦で刃を交えたこともあり、経緯は違えども織田家に籍を移した者同士であった。
「いかにも。半兵衛には一軍を預け、汝南より東に進軍させてある」
「なんと!誰か別動隊を止めて参れ。また信盛殿に使者だ」
直元は後ろを振り向き、部下に指示を出した。
「信盛だと?」
先ほど直元が半兵衛のことに反応した時と同様の態度を信長が見せた。
「佐久間信盛殿、言うまでもなく織田家筆頭ですな」
「そうか、おぬしは知らなかったのだな。信盛は儂の折檻状におののき、下野したのだ」
「な!?……そうでしたか。なにも言っていなかった」
「本願寺に抗すべく登用したのだが……」
信長の言葉が止まり、深く考え事をしている。
「いかん!半兵衛は信盛が追放同然に下野したことを知らぬ」
信長の表情が曇った。
普段の半兵衛ならば心配には及ばないが、知己だからと思い易々と接触することもあり得る。
「卜全、使者を急がせよ。それから李通とともに兵を選抜し最速の距離で南の敵陣に到達し、半兵衛と弥助を救え。儂は残った兵らを率いて行く」
信長の下知が飛ぶ。
李通と直元は早速百人ほどの兵を選び、道なき道をまるで飛ぶかのように駆けていった。
「半兵衛、死ぬなよ」
選抜隊を見送りながら信長は舌打ちをし、遠い目で独り呟いた。