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第16話

 こちらは信盛の勢力よりも規律が厳しく、賊というよりも軍隊化していた。


「なに?官軍の将校らしき人物が単騎駆けしているだと?」


 直元は訝しんだ。何か罠があるかもしれぬ、と用心を促し、行方を追わせた。


「直元様、佐久間殿より、官軍現る援軍を、と」


「なるほど、我らを分断させる策か」


「いかがいたしますか?」


「おぬしに三百預ける。良いか、信盛殿は得意の退却戦を展開するはずだ。おぬしらは追う官軍の横腹を突け。相手が崩れたらあとは信盛殿に任せ、今度はこちらの官軍の横だ」


 直元が作戦を指示した。遊撃隊に部下を割き、それが伏兵の役割を果たす。


 信盛にしても直元にしても、お互いに伏兵の到着まで持ちこたえなければならない。しかし直元にはその自信があった。


 この世界に来て、賊や官軍と幾度か戦ってみたが、戦術などは直元の知る限りでは圧倒的に古く読みやすい。


 このくらいならばと、信盛と力を合わせて勢力を広げてきたのであった。


「単騎駆けのあとに軍勢が続いています。李通軍と思われます」


「また李通か。奴が来る前に戦功に焦る間抜けな大将を囲むぞ」


 ここ幾月で何度も鉾を交え、互いに認める好敵手であるが、今は戦っている場合ではない。口に出したように、大将らしき男を討つのが先決である。


 なんといっても極力無駄な兵力の消費を避けたい気持ちがあった。来る者拒まずで兵力拡大を目指す信盛とは違い、直元は厳選して部下を選び、鍛え上げた。


 いずれは国盗りに加わりたい、一国の主になりたいという気概がかなり強かったのだ。


 一時は美濃国の三分の一ほどを領有し、斎藤家に次ぐ勢力を誇り西美濃三人衆と呼称されたこともあった。


 斎藤龍興さいとうたつおきの代になり、信長が美濃に侵攻してくると、木下藤吉郎きのしたとうきちろうのちの羽柴秀吉の呼びかけに応じ寝返り信長の配下となったが、大名となる夢は捨てることはできずにいた。


「準備整いました」


「よし、向かうぞ」


 改めて意を決し、直元は出陣の号令を発した。直元率いる軍勢があっさりと信長を取り囲む。


「あれが無謀の大将か」


 直元は目を凝らして一人駆けていたと言う男を見た。


「ま、まさか!」


 直元は心臓が飛び出るほどに驚いた。部下たちもそんな狼狽する直元を初めて目にした。


「どうなされました?」


 部下が呼びかけるが直元の耳には届かない。


「あれは……信長公」


 直元は一国の主になる夢など吹き飛び、ふらふらと信長に近づいていく。


「ん?」


 信長も一人近づいてくる男を凝視した。


「信長様!」


「おぬしは……氏家卜全うじいえぼくぜんではないか!このような所で会うとは」


「それはこの卜全めの言葉にございますぞ」


 直元こと氏家卜全は笑いながらも涙が頬を伝う。


「しかし、供も引き連れずに単騎駆けとは。無謀と勇気は別ですぞ」


「卜全の叱りを受けるのも久方ぶりよな。して、なぜこのような山中にいるのだ?」


「この辺りで賊として勢力を広げておりました」


「ほう、李通が手ごわいと言うのはおぬしのことであったか。なるほどな、おぬしが率いる軍勢ならば頷ける」

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