こちらは信盛の勢力よりも規律が厳しく、賊というよりも軍隊化していた。
「なに?官軍の将校らしき人物が単騎駆けしているだと?」
直元は訝しんだ。何か罠があるかもしれぬ、と用心を促し、行方を追わせた。
「直元様、佐久間殿より、官軍現る援軍を、と」
「なるほど、我らを分断させる策か」
「いかがいたしますか?」
「おぬしに三百預ける。良いか、信盛殿は得意の退却戦を展開するはずだ。おぬしらは追う官軍の横腹を突け。相手が崩れたらあとは信盛殿に任せ、今度はこちらの官軍の横だ」
直元が作戦を指示した。遊撃隊に部下を割き、それが伏兵の役割を果たす。
信盛にしても直元にしても、お互いに伏兵の到着まで持ちこたえなければならない。しかし直元にはその自信があった。
この世界に来て、賊や官軍と幾度か戦ってみたが、戦術などは直元の知る限りでは圧倒的に古く読みやすい。
このくらいならばと、信盛と力を合わせて勢力を広げてきたのであった。
「単騎駆けのあとに軍勢が続いています。李通軍と思われます」
「また李通か。奴が来る前に戦功に焦る間抜けな大将を囲むぞ」
ここ幾月で何度も鉾を交え、互いに認める好敵手であるが、今は戦っている場合ではない。口に出したように、大将らしき男を討つのが先決である。
なんといっても極力無駄な兵力の消費を避けたい気持ちがあった。来る者拒まずで兵力拡大を目指す信盛とは違い、直元は厳選して部下を選び、鍛え上げた。
いずれは国盗りに加わりたい、一国の主になりたいという気概がかなり強かったのだ。
一時は美濃国の三分の一ほどを領有し、斎藤家に次ぐ勢力を誇り西美濃三人衆と呼称されたこともあった。
「準備整いました」
「よし、向かうぞ」
改めて意を決し、直元は出陣の号令を発した。直元率いる軍勢があっさりと信長を取り囲む。
「あれが無謀の大将か」
直元は目を凝らして一人駆けていたと言う男を見た。
「ま、まさか!」
直元は心臓が飛び出るほどに驚いた。部下たちもそんな狼狽する直元を初めて目にした。
「どうなされました?」
部下が呼びかけるが直元の耳には届かない。
「あれは……信長公」
直元は一国の主になる夢など吹き飛び、ふらふらと信長に近づいていく。
「ん?」
信長も一人近づいてくる男を凝視した。
「信長様!」
「おぬしは……
「それはこの卜全めの言葉にございますぞ」
直元こと氏家卜全は笑いながらも涙が頬を伝う。
「しかし、供も引き連れずに単騎駆けとは。無謀と勇気は別ですぞ」
「卜全の叱りを受けるのも久方ぶりよな。して、なぜこのような山中にいるのだ?」
「この辺りで賊として勢力を広げておりました」
「ほう、李通が手ごわいと言うのはおぬしのことであったか。なるほどな、おぬしが率いる軍勢ならば頷ける」