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第13話

「退いていかがいたす?」


 頑固な張遼も郭嘉の言には耳を傾けた。それも自信に満ちた態度であるから尚更である。


「退いて遼西りょうせい臨渝りんゆあたりに堅陣を築き上げましょう。信忠殿に手助けしていただければ難しくはないはずです」


 郭嘉は道三らの改修作業から織田軍の建築技術の高さを垣間見ていた。


「しかし、時間が足りぬのではないか?そんな悠々と築陣させるとは思えん」


「もちろん。ですから、この改修をしている柳城を囮に使います」


「城を囮に?」


 張遼はそのような戦術を見たことも聞いたこともなく、怪訝な表情を浮かべた。


「そうです」


 郭嘉は詳しくを語らず、ただ頷いた。


「とりあえず、将を召集し軍議するとしよう」


 張遼の呼びかけで、張遼と信忠各軍の武将が集結した。


 郭嘉は先の通り、城を囮とする策を披露し賛否を尋ねた。


「あまりにも大ざっぱすぎる。もう少し詳しくは話せんのか?」


 道三の質問に、もっともであると大半の武将が黙って郭嘉を見た。


「これは秘中の策ゆえ、大っぴらにはできません」


 郭嘉はそれをばっさりと拒否した。


 いくら知略縦横の郭嘉の献策とはいえ、内容がわからなければ賛同には至らない。


 そんな重い空気の中、信忠が立ち上がった。


「郭嘉殿の案に乗ろう。必要とあらば不肖信忠が城に残り武田の足を止めると致そう」


 信忠の発言は家臣らに大きな影響を与えた。皆口々に信忠を諫め自身が残ると主張しだす。


 これが張遼側にも伝播し、結果的に郭嘉の策を実行する運びとなった。


 郭嘉はまず道三に陣取りに向かってもらい、他の将の中から城に残る将の選定を始めた。


「私が残りましょう」


 郭嘉が自薦を求めると、すかさず光忠が手を挙げた。


「信忠様にこの任をさせるほど不忠ではないし、秀満の補佐は今後必ず必要となる。ならば私しかおるまい」


 光忠は怖じ気づく素振りもなく、静かに微笑みの中には悲壮感さえ漂う。


「すまん……」


 信忠は光忠の手を取り、頭を下げた。


「大袈裟ですぞ。必ずやこの大任成功させてみせますゆえ」


 光忠は信忠に頭を上げさせ、秀満を振り向く。


「秀満、信忠様を頼むぞ」


 共に光秀の娘を娶り、重臣として義兄弟として明智家を支え、長い時間を共有してきた秀満への遺言のようで、秀満の目には涙が溜まっていた。


 一方、張遼側からも張汎という人物が残ることになった。


「兄上、頼みましたぞ」


 張汎は張遼の実兄である。


 賢弟愚兄とまではいかないが、全てにおいて弟の張遼が優れていた。


 それでも弟を恨まず貶さず、優れた弟に敬意を払い誇りに思っていた。


 また張遼も驕らず兄の勤勉実直さを誇らしく思い、どんな場面でも丁寧に接していた。


 こちらには信忠側のような湿っぽさはない。


 残留武将が決まり、郭嘉はそれぞれに指示を与えた。


 城に籠もる武将は光忠、張汎は伏兵として城外に潜伏する。


 先ほど道三らが仕掛けた罠を最大限に活用し、また光忠の提案で城外に馬防柵のようなものを備えつけた。


 この馬防柵は木材を切り出し、簡単に組み上げただけで長篠で使用したそれに比べると全くお粗末なものであった。


 それを城を囲むように扇状に設置し、前後には古典的ではあるが落とし穴を仕掛けてある。


 また郭嘉の案で、信玄らの来る方向である東門を開放し、他の三方は固く閉ざした。いわゆる空城の計である。

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