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第12話

「ぬしらが揃って敗れるとはのう」


 信春と昌景は本隊にたどり着くなり信玄の下へ向かい、恐る恐る敗報を告げた。


「申し訳ございません。いかなる処分も甘んじて受けまする」


 二人は地に頭をなすりつけ、潔く信玄の処断を待った。


「何を言うておる。敗戦の雪辱をするが武田の慣わしである。隊を組み直し、儂の後に続くが良い」


 二人は信玄の言葉に感じ入り涙を堪え、それを見せまいと頭を下げ続けていた。


「それにしてもだ。書物で名や功績を知ってはおったが、張遼とはそれほどの武人であったか」


 忌々しく思うよりも張遼という男に興味が沸く。


「それに加え郭嘉と申す智将、さらに柳城には織田木瓜が翻っておりました」


「ほう!第六天魔王殿もいらっしゃるか?」


 信玄が相好を崩す。


「そこまではわかりませぬ。織田木瓜がたなびくのを目にしましたゆえ」


 信春は頭を上げ、話し終えると再び平伏した。


「なあに。柳城へ着けばわかることよ。それより、そなたらも早よう軍を立て直せい」


 武田本隊迫る。


 この報告を受け、籠城の覚悟を決めたはずの将兵らの間に不安や恐れが沸き起こった。


 信忠や秀満でさえ、信玄が来るであろう地平線を眺めているだけで、強大な気に飲み込まれたような気分になる。


「もうしばし時間が欲しいところですな」


 秀満が下方に視線を移し、嘆息を漏らした。


 柳城を歩き回った結果、兵站の中継拠点としてならば充分機能するが、籠城に適しているとはお世辞にも言えない。


 そもそも遊牧民である烏丸が東胡と呼ばれていた秦代に建てられた砦を改修した程度のものである。


 城壁は高さが足りず、城門も後付けのもので堅固さに欠ける。


 信忠らが生きていた時代の技術で補強、改修すればまだ耐えうるくらいの強度にはできそうであったが、そんな余裕はない。


 これには道三も見当違いだったらしく、城を見回った後、頭を抱えていた。


 それでも言い出した責任からか、些細ながらも補強と簡易な罠を仕掛ける指揮をとっている。


 そんな中信忠は何か思いたったのか、城内の張遼の下へと足を運んだ。


「張遼殿、この城の防備では本隊到着まで耐えられん。我らが殿するゆえ、その間に後退されよ」


「貴殿らはなぜそれほどまでに武田を恐れる?」


 張遼からしてみれば、確かに強敵ではあったが歯が立たないわけではない、という印象だった。


 むしろ、戦う前から逃げ腰なのが気に食わない。


「武田信玄という人物は権謀術数が巧みであり、その上、率いる軍団は最強と謳われている。謂わば曹操殿や父上と戦うようなもの」


「なるほど。それはとてつもなく難敵であるな。だが武人として一戦もせず背を向けるようなことはできん」


 信忠は張遼の頑固さに内心呆れた。


「そうか。ならば我らも最善を尽くそう」


と、説得を諦め、踵を返した。


「待たれよ」


 二人のやり取りを黙って聞いていた郭嘉が信忠を呼びとめると、


「張遼殿、退きましょう」


と、唐突に撤退を進言した。


「郭嘉殿、何を……」


「武田が強いとかそれはどうでも良いのですが、この城が守るに適さないのは事実です」


 張遼の言葉を遮ってまで自身の言葉を連ねた郭嘉の表情には自信の程が感じられる。

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