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第20話

 先陣は張遼、張汎兄弟。


 信忠が光忠の仇討ちのため、と志願していたのだが、曹操はそれを一蹴した。


 信忠らの気持ちは理解できるし、いざ戦わせれば予想以上の働きが期待できるかもしれない。


 だが暴走や勇み足、の可能性も多いにあるし、冷静な判断のできない軍は策に嵌りやすい。


「我らとて光忠殿の死を悼んでおる。必ずや武田勢を蹴散らしてみせよう」


 張遼と張汎は出立の際、信忠に誓い、先陣の役目を果たさんと、三千騎含む五千の兵を率いて進軍していった。


 二陣の右翼は史換しかん韓浩かんこう


 どちらも武勇に優れる曹操軍の中核である。


 そして信忠軍が左翼に充てられた。中軍は総大将曹操自らが方陣を敷く。


 前方に許褚、両端を曹純そうじゅん率いる虎豹騎が固めた。


 中軍の東方に備えるのは曹操の息子である曹彰そうしょう黄髭きひげと渾名され、猛獣と素手で格闘するほどの武芸と怪力を有する。


 左備えは田豫でんよ鮮于輔せんうほで、共に一部の烏丸族に慕われ、情勢や地理に詳しい。


 本陣の守りは閻柔えんじゅう田疇でんちゅうに委ねられた。


 兵力に勝る曹軍総動員の行軍は、軍紀も正され、威容を誇り圧巻であった。






「曹操が動いたか」


 信玄はどっしりと構え、落ち着き払っていた。物見の報告により曹操の陣の様子を察すると、すかさず将を呼び集める。


「此度の戦、我らに先陣をお命じくだされ」


 少年のようなあどけなさを残す男が信玄に訴えた。


 その後ろには対照的に熊のような大男が、三人付き従っている。


「蹋頓は我が烏丸族の有力な王、なんとか救出したいのです」


 この男は烏丸族の単于である楼班ろうはんといった。


 袁紹やその子らと手を組み、曹操と戦ったまでは良かったが、連戦連敗で遼東を頼り、今では信玄の配下となっている。


 後ろに控えるのはいずれも烏丸の王であり、名を、烏延うえん蘇僕延そぼくえん速附丸そくふがんという。


 正統な後継者の楼班が成人するまで烏丸族をまとめていたのが蹋頓であった。


 信玄が平伏している楼班を品定めでもするように見る。


「志願してきたからには、それなりの勝機はあるのであろうな?」


「はっ。我ら烏丸の騎馬術お見せいたしましょう」


「よかろう。見事先陣を務めて見せよ」


 楼班は喜び勇み、自身の近衛兵と直属の騎馬隊を引き連れ、戦場に赴いた。


「よろしいのですか?」


 楼班が去った後、信春が確認するかのように尋ねた。


「当てにはしておらんわ」


 信玄が苦笑する。


「我ら武田軍は、昌景隊と昌信隊を楼班の後方に配置する」


「今度こそ張遼を討ち取ってくれよう」


 昌景が腕を回し、意気込む。


「新生武田騎馬隊の力、存分に見せつけてやりましょうぞ」


 昌信も早く戦いたくて疼いているようであった。


「信春は二人の後方に布陣せい。儂はその後ろに続く」


 信玄の号令に武田軍も動いた。


 戦場は柳城手前の白狼山とそこから流れる渝川を境界線として両軍が対峙した。


 渝川は深さも流れの速さもたいしたことはないのだが、渡河を狙われるのは好ましくなく、なかなか火蓋は切られなかった。

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