千晶は乗っていた車から降りて、周囲を確認した。探しているのは坂田英昭という【子供達】になれなかった存在である。世界にも馴染めず、【子供達】にも慣れない存在など、この世界にあってはならない。それが千晶の世界であって、千晶の守りたい【子供達】なのだ。
この世界が始まって、だいぶ時間が経ったと思っている。千晶の中には多くの千晶がいるのだが、彼にとってそれぞれが自覚しているのは【子供達】を守ること。守るだけで何ができるかと問われれば、それだけで十分に世界を守れると感じていた。来るべき日―――妹の存在が大きく関わっている。関わっているとわかっているだけで、実際のところは何なのか、わからない。わからなくても、彼は先に進むべきと思っている。
「まったく、早めに帰って……」
そう思った時には、すでに頭の中が切り替わる。切り替わるタイミングやきっかけはよくわからないが、別の千晶が出てきた。スマートフォンの画面をトントンと叩いて、一真と幸一郎の動きを確認する。【子供達】には特殊なGPSが設置してあるため、特定の存在にはそれを把握することができるのだ。
2人でやってくる若手、今回は最初の【仕事】にしてはやや精神的に負担が多いかもしれない。しかし、それでも2人にさせねば、進めないものがある。いずれ、自分たちだけではなく、彼らにもっと前線へ出てもらう可能性が高いからだ。
そうなった時、必ず自分が側にいてやれる自信がない。自分や奈雄がどうなっているか、想像もできない。だから、今のうちに育てて、経験を積ませる。失敗しても、支えてやれるうちに。落ち込んでも、立ち直れる時間があるうちに。
「……この先だな」
どこに逃げたのか、いや、逃げたのではなく、進んだのかもしれない。それも異能力者の運命である。千晶は地面の濡れが続く先を見て、この先にいるであろう英昭のことを考えた。景吾の集めていた資料では、能力を持ちながら大して使うこともできない小心者―――その認識であったはずなのに。水柱で景吾を潰し、逃げ去った。普通の人間ならすでに死んでいるほどの、強大な力を押し当てていたくせに、自分は逃げる。殺人を犯して逃げるのであれば、それは本来大罪だ。まるで、ルールと恐怖の間で取った行動が、本質を表す。
「いやな奴だ」
するならば、すべてを壊す勢いで―――すべてを壊す。異能力を持つならば、中途半端な道を選ぶことで、傷つけてしまうものを増やすのだ。だから、【仕事】が存在し、それによって【子供達】は守られる。
一真と幸一郎は、とにかく進んでいた。指定された場所で千晶が待っている、ということであったので、まずは合流が先である。千晶は多くをする人ではない。彼の中にはいくつも人格が存在していて、その人格それぞれに能力が違うという。しかし、そのすべてを知っているのは景吾と奈雄、そして名月のみ。それ以外の者は、彼の一片しか知らないのだ。
そんな千晶に対して、【子供達】は信頼を置いていた。それは恐怖による支配ではなく、千晶という存在を誰もが受け入れ、理解している印象が強い―――と幸一郎は思う。景吾に似ていると言われる幸一郎は、あまり感情が動かないことへの自覚があった。感情を完全に失ったわけではないのだが、動くことが少ないのが事実。自分と一真の大きな違い。しかし幸一郎は、その違いがあるからこそ自分たちは2人でやっていけるかもしれない、と思った。
幸一郎は、いつの日か、千晶や奈雄がいなくなる未来を想像している。きっと、あの2人が一緒にいなくなる―――それが死なのか、ただの失踪なのかはわからない。その時に、自分は一真となら一緒にいられる、と思うのだ。
「幸一郎、千晶さんだ!」
その明るい声に、幸一郎は一真の心を感じる。千晶がいれば、不安はなくなるのか。本来、そんなことでなくなるはずはない。今回は自分たち2人に割り振られた【仕事】なのだから、千晶はきっと補佐をする気しかないだろう。
「千晶さん……」
幸一郎の声よりも早く、一真が千晶の前に立つ。その先には森の入り口が広がっていて、濡れた地面がまだ乾ききっていない。
「よく来たな、2人とも」
そこにいるのは、普段の千晶のようで、そうではないようで、判断ができない。一真はそんなことを気にするようなタイプではないが、幸一郎は気にする。自分たちの命を、この男がどう扱うかで、決まることも多いからだ。
「坂田英昭の情報は確認してきたな?」
逃げ出した【子供達】は、すでに処分される運命だ。特に景吾に攻撃を与えているので、今後の強制などは不可能、と判断されている。景吾は回復能力が異常に高く、同時に知能も高いが、異能力としてはそれらばかりなので、一般人に近いと【子供達】の中では判断される。つまり、坂田英昭は一般人に害をなす【子供達】と考えられるのだ。こうなれば、処分しかない。危険な存在を世界に解き放てば、いずれ【子供達】が危険にさらされる。
「はい、大丈夫です!」
「作戦は、考えたか?」
その問いかけに、一真は一瞬押し黙る。幸一郎から言われた案を彼がただ受け入れるなど、できないだろう。自分の能力で、誰かを殺す―――意図して殺すことなど、普通の精神ではできない話だ。
「俺が、焼き払います。本体を」
戸惑いが混じった声ではあったが、一真は幸一郎の作戦をしっかり覚えていた。
「そうか。俺もそれが一番いいと思う。それが駄目なら、幸一郎が攻撃を仕掛けるか」
「はい。でもその時は一真の水が必要になります。でも下手に水を出せば、相手に操られる可能性も高い。切り替えは慎重にすべきかと思いました」
幸一郎がスラスラ答えるのを見て、一真は唇を噛む。悔しいからではない、自分が失敗すれば、大事な存在が手を汚すことになるのだ―――それが目に見えるなら、嫌な気分になっても仕方がない。
「俺と一真は違います。能力も、知能も。それを千晶さんが、カバーしてくれませんか」
そう言った幸一郎の言葉に、一真は驚いた。千晶はこの【子供達】の父親のような、兄のような存在だ。自分たちを守り、育て、常に守ってくれてくれた人。そんな人に、さらに自分たちのことを言うとは、思えなかったのだ。
「構わない。奈雄の方が上手いけど、今日は我慢してくれ」
千晶の目は笑っていない。【仕事】と【子供達】のことしか考えていないのだ―――