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第22話:始末の理由を考えてはいけない。

水蒸気爆発―――それは一真が何度も起こしてきた爆発だ。時にそれは大きな爆発となって、周囲を巻き込んでいく。かつて彼が祖母の家を焼き払い、母を殺した時とは少し違ったが、結果は同じであった。全身の水分が蒸発し、そして一気に戻る。そうなった一真は、自分の意識が飛んでいくのを感じる。視界が狭まって、瞬きに合わせて自分の世界が小さくなっていく。

視界の端に、グチャグチャになった英昭が見えた。名前と情報は知っているのに、同じ【子供達】のはずなのに、彼はもう違う存在になってしまっている。若い一真にとって、もしかしたら別の方法があったんじゃないか、という思いが生まれてきた。もしかしたらできることがあって、こんな風に英昭の命を奪わなくてもよかったのではないか、と。この周囲一帯を爆発させなくとも、もっと話し合いや小さな被害で抑えられなかったのだろうか、と。

しかしそれが甘い考えであることを、一真は思い知らされた。肉塊となった英昭は、残った片目と残った体で一真に水を飛ばしてくる。少ない水分を空中や、一真の水分から吸収し、鋭い水の矢が彼を突き抜けたのだ。激痛が走り、一真は叫ぶ―――その声を聞いて、一真の前に人が立った。

「面倒なことはよしてくれよ」

そこにいたのは千晶だった。彼の長い足を地面から見上げ、一真は思う。いつの間に、と。

「お前はもう【人】でも【子供達】でもない」

千晶の言葉に、では何なのだ、と一真は思ったが、痛みで言葉を発することもできなかった。同時に、今の千晶に何を言っても、一真の言葉は通じない。千晶が1人ではないと一真が気づいたのは、彼と何年か一緒に過ごしてからだった。多重人格という異能力ではない精神疾患だと、奈雄は説明してくれたが、実のところ一真にはそれがよくわからない。漫画やアニメの世界でのことのように思えるし、実際には何が違うのかよくわからないのだ。まるでドラマで演技をする人のように―――千晶は千晶の見た目のまま、中身が交代してゆく。奈雄にもその全貌は分からないらしく、もしかしたら誰も【本当の千晶を知らない】のかもしれない、とも言っていた。

「一真、ああ、立てないか」

倒れている一真を引き上げて、千晶は言った。そのあと、引きずるようにして一真を連れて行く。扱いが雑だと思う暇もなく、一真は幸一郎の目の前に連れてこられた。

「よくやったな、一真」

幸一郎に引き渡された一真は、千晶からそう言われて、痛みを感じる体を何とか支えるしかない。痛くて、苦しい。意識が朦朧として、全身が泡立つような感覚に襲われる。脱水と吸水を短時間で急激に行ったことによるダメージは、一真の体を確実に傷つけていた。幸一郎はそんな一真を支え、千晶を見る。

「最後の始末は」

英昭の始末は済んだが【最後の始末】は終わっていない。完全な消滅か、死体の隠蔽か。方法はさまざまだが、坂田英昭という存在を消え去る必要性があった。

「残っているのは肉塊だけだった。あとは景吾に頼む」

「景吾は」

その言葉と同時に、人の気配がした。幸一郎は、驚いてその方向を見ると、傷が修復した景吾が立っている。

「やあ、君たち。お待たせ」

いつもの笑顔、余裕のある話し方。きれいな顔。とうに100歳を超えていることなど、誰も知らない。考えることもない。遺伝子操作という異能力を持った彼が、どれだけ長い月日を生きてきたかなど、誰も知らないのだ。

「ごめんねぇ、ちょっと時間がかかっちゃった。素材が足りなくて」

彼の言う素材とは、と考えるだけで冷汗が出るのは、幸一郎ばかりではない。千晶は静かな顔をしているが、目の前の景吾が敵に回すと最も恐ろしい存在だと思っているのだ。遺伝子操作をするためには、そもそも遺伝子が含まれた物体が必要になる。景吾の能力は、遺伝子が含まれていれば、人間でもなんでも関係なくなる。遺伝子情報を根底から覆すほどの能力が、彼にはあるからだ。

「うーん、じゃああとは僕が片付けてこよう。千晶、2人を連れて行ってくれる?」

「わかった」

「あ、車はそこに停めてるから」

チャリン、と音を立てて、景吾は車のキーを投げる。千晶はそれを無言で受け取り、一真と幸一郎を連れて行った。

「千晶!車は好きに使っていいからねー!また新車買うから!」

千晶はそれによしとは言わなかった。奈雄はまた無駄遣いする、と怒るだろう。しかし、どこからそんな金が出てくるのか不思議なほど、景吾は金に困っていない。裏で何をしているのかわからない男だが【子供達】には彼が必要なのだ。


2人を車に乗せて、千晶は運転席に座った。座席は景吾の足の長さに合わせられていて、窮屈ではないものの、少しばかり調整したくなる。それを調整した千晶は、エンジンをかけた。

「千晶さん」

幸一郎は、後部座席で一真を横にさせ、自分は痛みを堪えて千晶に話しかける。

「……仕事は、いつもこんな風なんですか」

「……そうだな」

「あの、少し……こちらに被害が大きくはありませんか」

後部座席の2人は、深手を負っている。特に一真の場合、傷が大きくなくとも、体内の状況によっては深刻な状況になりかねない。

「お前たちはまだ若いからな」

「それだけ、ですか」

「俺や奈雄はお前たちよりも幼い頃から、景吾と一緒に仕事をしていた。樹や時夜を連れてきた頃は、もう今に近かったかもしれないが」

千晶や奈雄が連れてこられた頃、ここには誰もいなかったという。いるのは景吾だけ。彼が少しずつ【子供達】を集め、今の構成になった。しかしそうなるまでは、長い時間がかかったという。

「基本的に【子供達】は景吾の管轄だ。【子供達】を連れてくるのが景吾の役目なんだよ。俺や奈雄は【仕事】をするのが役目だ」

「なんで……」

「始末の理由は考えない。景吾が決める」

村雨景吾。あの男は、本当は何者なのか。ここに異能力者を集めて、何をしようと思っているのか―――幸一郎はそんな不安を初めて抱く。ここで暮らす限り【子供達】は安定している。いや、安定しているように見せられているだけなのだ。きっと、今までも英昭のような存在はいたはずだ。英昭のように、恐怖に支配され、苦しみ、狂い、自我を失う存在。そして、その存在を【始末】してきた存在。それがあったからこそ【子供達】は生きてこられた。

「理由はないのかもな」

「え……」

「英昭は、ここに来たくなかっただけだ。でも来たくないというのが、理由だったのかもしれない」

「でも、理由は……」

「考えても出てこないものが、この【仕事】の理由かもな」

理由のために【仕事】があるのではない。【子供達】を守るためにあるのだ。だから【始末】に理由はない。ないと考えた方が、千晶は楽なのかもしれない、と彼の言葉から幸一郎は思った。たくさんの死を見て、たくさんのことを経験してきた千晶。すべての人格が【千晶】を名乗ると言うが、本当の彼がどこにいるのかは誰も分からない。もしかしたらいないのかもしれない、と幸一郎は思ったが、千晶自身がそれを口にしないのならば、言わないと決めていた。言えば、何かが壊れてしまうような、そんな気がしてならなかったから。


車はしばらく走り、屋敷に到着した。その時すでに一真は意識が昏倒しており、千晶が抱き上げて屋内へ連れて行く。奈雄がすぐに治療をしてくれたが、一真はすぐには回復できなかった。

「今回は結構ひどいねぇ」

呑気に奈雄は言ったが、一真の顔を見る目には心配が映る。

「まあ、少しは夢を見ておくといいよ」


その声は、一真に届いているのだろうか――――


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