リカルドはハイオークの腕に噛み付いた。
斧を持った腕に牙が食い込み、ハイオークは「アガッ!?」と叫んで、慌てふためく。
拳を引いて殴ろうとするが、リカルドは体を
回転してから腕を放し、軽やかに着地した。
あまりの早業に、ロビンは目をしばたかせる。ハイオークの右腕はズタズタになっており、血が止めどなく流れていた。
「ガアアアアアアッ!!」
怒り狂った魔物が血相を変えて走って来る。後ろにいた二体のハイオークも動き出した。
だが、リカルドは慌てることも臆することもない。
顔面を爪で引っ掻き、怯んだ隙に右腕に噛み付いた。ハイオークは斧を落とし、絶叫しながら腕を振る。
リカルドは口を放してクルクル回転しながら地面に降り立つ。
今度は向かって来る二体のハイオークに突っ込む。一体に頭突きをかまして転倒させると、もう一体の足に喰らい付いた。
呆気に取られていた
「手前のハイオークを攻撃する! ルーシー!!」
「は、はい!」
ルーシーは慌てて杖を構えた。湾曲した杖の先から炎が灯り、赤々と燃える火球がハイオークを襲う。
「ウガアアッ!?」
炎に巻かれた魔物は
ハイオークの首元を斬り付けるが――浅い!
魔物は鬼の形相で手を伸ばしてくる。「くっ」と唇を噛み、ロビンは後ろに下がろうとした。
その時、「伏せて!!」と声が飛んでくる。
ロビンは
マーガレットが踏み込み、剣を突き出したのだ。
切っ先はハイオークの右目を
「ギャアアアアアアッ!!」
目を押さえ、後退する魔物。畳みかけるなら今だ!
態勢を立て直したデヴィットも加わり、全員でハイオークに襲いかかる。
ルーシーの電撃魔法が相手を
ハイオークが
手足を切り刻まれた魔物は膝を突き、ゼィゼィと呼吸を乱す。
「終わりだ」
一閃。ロビンが剣を振り切ると、ハイオークの
魔物は首を掻きむしるように苦しみ、しばらくするとバタリと倒れた。
やった。という安堵を覚えたが、ハッとして顔を上げる。
リカルドはどうなった!? このハイオークを倒せたのは、リカルドが残りの二体を引き付けていたからだ。
「リカルド!!」
ロビンが目を向けると、リカルドはまだハイオークと戦っていた。
相手の攻撃を的確にかわし、隙を突いて爪や牙で応戦する。凄まじい体力と闘争本能。
「俺たちも行こう! リカルドを助けないと」
「おう!」
「もちろん」
「分かりました!」
デヴィットとマーガレット、ルーシーが応え、四人で走り出す。しかし、ロビンたちが見たのは信じられない光景だった。
ハイオーク二体を前にして、リカルドは全身の毛を逆立たせる。
周囲には青い稲妻が走り、ただならぬ圧力が洞窟内を満たす。ロビンは思わず息を飲んだ。
――あれは……身体強化魔法か!?
ごく限られたダークウルフのみが使う魔法。ロビン自身、今まで一度も見たことがなかった。
リカルドは猛然と走り出し、ハイオークの足に噛み付く。
そのまま回転して肉を食い千切る。絶叫して膝を突くハイオークを残し、もう一体のハイオークに襲い掛かった。
爪で顔を切り裂き、怯んだところにさらなる
血が飛び散り、ハイオークは一歩、二歩と下がった。リカルドは攻撃の手を緩めない。もう一度飛び上がり、魔物の顔を蹴り付けた。
その勢いで、膝を突いているハイオークに飛び掛かる。
今度は首に喰らい付き、相手が暴れても離れようとしない。顔を蹴られたハイオークが棍棒を振り上げ、リカルドを思い切り殴り付ける。
だが、リカルドは離れなかった。ロビンは戦慄する。
――身体強化で防御力も上がってるんだ。今なら剣も通らないだろう。
リカルドに噛まれたハイオークは、フラつきながら後ろに下がる。
血を流し過ぎたんだ。だけど、もう一体のハイオークはリカルドを倒そうと近づいて来る。ロビンは仲間たちに視線を送る。
「行くぞ! リカルドを助けるんだ!!」
全員が
デヴィットとマーガレットが突っ込む。
細身の剣と大剣が、ハイオークの腹に突き刺さった。魔物は絶叫し、棍棒を振り回して二人を跳ね
デヴィットとマーガレットはギリギリでかわすが、容易には近づけない。
ロビンも二の足を踏んだ瞬間――リカルドがハイオークの足に噛み付いた。
突然のことに驚いたハイオークは
すると、ボキッという乾いた音が響く。
ハイオークは顔を歪め、膝を突いた。リカルドが足をへし折ったんだ。
あんなに太い足を折るなんて……ロビンは二ッと笑い、剣を引いて走り出した。ハイオークの目には恐怖の色が浮かんがいたがが、ロビンは迷うことなく踏み込み、剣を振るった。
緑色の頭は宙を舞い、地面に落ちてゴロゴロと転がる。
「倒せた……」
ロビンの体から急激に力が抜けていく。マーガレットやデヴィットが周りに集まり、「凄いじゃん」や「よくやった!」など、賞賛の声を掛けてくれるが、ロビンの意識は別のところに向いていた。
トコトコと歩いて来る
ロビンはしゃがんで、リカルドの頭を撫でた。
「ありがとう、リカルド。君のおかげで、みんな生き残ることができたよ」
リカルドは胸を張り、「アンッ!」と誇らしげに鳴いた。
◇◇◇
ダークウルフがハイオークを倒し、A級冒険者たちを助けた。
その
下級の魔物であるダークウルフが、上位の魔物であるハイオークを倒せる訳がない。
しかし、グラスコでもトップクラスの冒険者ギルド・
〝
それが
採掘活動の拠点を作れたことに、グラスコの領主は大いに喜んだという。
この出来事はグラスコに越え、リオン王国全土にも広く
リカルドを誕生させた『マスタング商会』はもとより、アルマン・トーラスの名も徐々に広まっていく。
そして翌、エリシア歴六百年――
ある出来事を切っ掛けに、アルマンの名はさらに