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第21話

 リカルドはハイオークの腕に噛み付いた。

 斧を持った腕に牙が食い込み、ハイオークは「アガッ!?」と叫んで、慌てふためく。


 拳を引いて殴ろうとするが、リカルドは体をひねってかわす。

 回転してから腕を放し、軽やかに着地した。

 あまりの早業に、ロビンは目をしばたかせる。ハイオークの右腕はズタズタになっており、血が止めどなく流れていた。


「ガアアアアアアッ!!」


 怒り狂った魔物が血相を変えて走って来る。後ろにいた二体のハイオークも動き出した。

 だが、リカルドは慌てることも臆することもない。


 颯爽さっそうと駆け出し、斧を振り上げたハイオークに飛び掛かる。

 顔面を爪で引っ掻き、怯んだ隙に右腕に噛み付いた。ハイオークは斧を落とし、絶叫しながら腕を振る。


 リカルドは口を放してクルクル回転しながら地面に降り立つ。

 今度は向かって来る二体のハイオークに突っ込む。一体に頭突きをかまして転倒させると、もう一体の足に喰らい付いた。


 呆気に取られていた剣聖騎士団フロッティ・ナイツの面々だったが、ロビンの「今だ!」という声に、メンバーがハッとする。


「手前のハイオークを攻撃する! ルーシー!!」

「は、はい!」


 ルーシーは慌てて杖を構えた。湾曲した杖の先から炎が灯り、赤々と燃える火球がハイオークを襲う。


「ウガアアッ!?」


 炎に巻かれた魔物はもだえながら後ろに下がった。ロビンは躊躇ためらわず前に出る。

 ハイオークの首元を斬り付けるが――浅い!


 魔物は鬼の形相で手を伸ばしてくる。「くっ」と唇を噛み、ロビンは後ろに下がろうとした。

 その時、「伏せて!!」と声が飛んでくる。

 ロビンは咄嗟とっさに頭を下げた。すると頭上を細身の剣が通過する。


 マーガレットが踏み込み、剣を突き出したのだ。

 切っ先はハイオークの右目をつらぬく。


「ギャアアアアアアッ!!」


 目を押さえ、後退する魔物。畳みかけるなら今だ!

 態勢を立て直したデヴィットも加わり、全員でハイオークに襲いかかる。

 ルーシーの電撃魔法が相手を翻弄ほんろうし、デヴィットが盾ごとぶつかっていく。


 ハイオークがひるんだところに、マーガレットの剣が炸裂する。

 手足を切り刻まれた魔物は膝を突き、ゼィゼィと呼吸を乱す。


「終わりだ」


 一閃。ロビンが剣を振り切ると、ハイオークののどから鮮血がほとばしる。

 魔物は首を掻きむしるように苦しみ、しばらくするとバタリと倒れた。


 やった。という安堵を覚えたが、ハッとして顔を上げる。

 リカルドはどうなった!? このハイオークを倒せたのは、リカルドが残りの二体を引き付けていたからだ。


「リカルド!!」


 ロビンが目を向けると、リカルドはまだハイオークと戦っていた。

 相手の攻撃を的確にかわし、隙を突いて爪や牙で応戦する。凄まじい体力と闘争本能。


「俺たちも行こう! リカルドを助けないと」

「おう!」

「もちろん」

「分かりました!」


 デヴィットとマーガレット、ルーシーが応え、四人で走り出す。しかし、ロビンたちが見たのは信じられない光景だった。

 ハイオーク二体を前にして、リカルドは全身の毛を逆立たせる。

 周囲には青い稲妻が走り、ただならぬ圧力が洞窟内を満たす。ロビンは思わず息を飲んだ。


 ――あれは……身体強化魔法か!?


 ごく限られたダークウルフのみが使う魔法。ロビン自身、今まで一度も見たことがなかった。

 リカルドは猛然と走り出し、ハイオークの足に噛み付く。

 そのまま回転して肉を食い千切る。絶叫して膝を突くハイオークを残し、もう一体のハイオークに襲い掛かった。


 爪で顔を切り裂き、怯んだところにさらなる爪撃そうげきを繰り出す。まさに疾風怒濤しっぷうどとうの攻撃。

 血が飛び散り、ハイオークは一歩、二歩と下がった。リカルドは攻撃の手を緩めない。もう一度飛び上がり、魔物の顔を蹴り付けた。

 その勢いで、膝を突いているハイオークに飛び掛かる。


 今度は首に喰らい付き、相手が暴れても離れようとしない。顔を蹴られたハイオークが棍棒を振り上げ、リカルドを思い切り殴り付ける。

 だが、リカルドは離れなかった。ロビンは戦慄する。


 ――身体強化で防御力も上がってるんだ。今なら剣も通らないだろう。


 リカルドに噛まれたハイオークは、フラつきながら後ろに下がる。

 血を流し過ぎたんだ。だけど、もう一体のハイオークはリカルドを倒そうと近づいて来る。ロビンは仲間たちに視線を送る。


「行くぞ! リカルドを助けるんだ!!」


 全員がうなずき、一斉に駆け出す。ルーシーが放った雷魔法によってハイオークの動きが止まる。

 デヴィットとマーガレットが突っ込む。

 細身の剣と大剣が、ハイオークの腹に突き刺さった。魔物は絶叫し、棍棒を振り回して二人を跳ねける。


 デヴィットとマーガレットはギリギリでかわすが、容易には近づけない。

 ロビンも二の足を踏んだ瞬間――リカルドがハイオークの足に噛み付いた。


 突然のことに驚いたハイオークは踏鞴たたらを踏む。リカルドはうなりながら力を込め、首をひねった。

 すると、ボキッという乾いた音が響く。


 ハイオークは顔を歪め、膝を突いた。リカルドが足をへし折ったんだ。

 あんなに太い足を折るなんて……ロビンは二ッと笑い、剣を引いて走り出した。ハイオークの目には恐怖の色が浮かんがいたがが、ロビンは迷うことなく踏み込み、剣を振るった。

 緑色の頭は宙を舞い、地面に落ちてゴロゴロと転がる。


「倒せた……」


 ロビンの体から急激に力が抜けていく。マーガレットやデヴィットが周りに集まり、「凄いじゃん」や「よくやった!」など、賞賛の声を掛けてくれるが、ロビンの意識は別のところに向いていた。


 トコトコと歩いて来る精悍せいかんなダークウルフ。

 ロビンはしゃがんで、リカルドの頭を撫でた。


「ありがとう、リカルド。君のおかげで、みんな生き残ることができたよ」


 リカルドは胸を張り、「アンッ!」と誇らしげに鳴いた。


 ◇◇◇


 ダークウルフがハイオークを倒し、A級冒険者たちを助けた。

 そのうわさまたたく間に人々の耳に入り、話題の中心となる。


 下級の魔物であるダークウルフが、上位の魔物であるハイオークを倒せる訳がない。眉唾まゆつばものの与太話だろう。それが大勢の人の見方だった。

 しかし、グラスコでもトップクラスの冒険者ギルド・剣聖騎士団フロッティ・ナイツが事実だと認めたことで、市中は大騒ぎとなる。


狼王ろうおう〟リカルド――


 それが不世出ふせいしゅつのダークウルフに付けられたあざなだった。

 剣聖騎士団フロッティ・ナイツはリカルドと共に『マナルスの迷宮』を進み、二十四階層と二十五階層の攻略に成功する。


 採掘活動の拠点を作れたことに、グラスコの領主は大いに喜んだという。

 この出来事はグラスコに越え、リオン王国全土にも広く喧伝けんでんされた。


 リカルドを誕生させた『マスタング商会』はもとより、アルマン・トーラスの名も徐々に広まっていく。


 そして翌、エリシア歴六百年――

 ある出来事を切っ掛けに、アルマンの名はさらにとどろくこととなる。

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