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第34話 雪女

 雪深い山道。視界を遮るほどの猛吹雪が、容赦なく襲いかかる。凍えるような寒気が、肌を突き刺す。山小屋から一歩も出ずにいればよかったと、後悔が込み上げてくる。しかし、既に手遅れだった。


忠夫は、雪山で遭難した。同行していた仲間とは、視界不良の中で離れ離れになり、一人きりになってしまったのだ。携帯電話は圏外。頼みの綱だった懐中電灯も、電池切れを起こし、闇に包まれた。


体力の限界を感じ始めた頃、視界に白い影が飛び込んできた。最初は、雪の塊かと思った。しかし、近づいてくるにつれ、その影は次第に人型を帯びていく。


それは、見事なまでの美貌の女性だった。白い着物に、黒髪が風になびいている。まるで、雪の妖精のような、幻想的な美しさ。しかし、その美しさとは裏腹に、彼女の瞳には、底知れぬ冷たさが宿っていた。


「迷子ですか?」


彼女の言葉は、雪の結晶のように、冷たく、鋭く、忠夫の耳に突き刺さる。


「はい…」


震える声で答えると、彼女はゆっくりと近づいてきた。彼女の吐息は、白く凍りつき、忠夫の顔に当たる。その冷たさは、尋常ではない。まるで、生きた氷に触れているかのようだ。


「寒いですね…」


彼女は、忠夫の肩に手を置いた。その瞬間、忠夫の全身が凍り付くような感覚に襲われた。彼女の肌は、氷のように冷たい。まるで、死人の肌に触れているようだ。


「一緒に、温まりませんか?」


彼女は、忠夫を山小屋に誘う。その誘いは、悪魔のささやきのように、忠夫の心を揺さぶる。しかし、彼女の冷たさ、彼女の瞳の奥に潜む闇を感じて、忠夫は恐怖に慄く。


「…すみません、一人で大丈夫です…」


忠夫は、必死に断ろうとする。しかし、彼女の力は、想像をはるかに超えていた。忠夫の体は、彼女の意志のままに動いている。まるで、操り人形のように。


彼女は、忠夫の手を取り、山小屋へと導いていく。その手は、氷のように冷たい。しかし、その冷たさとは裏腹に、彼女の力は、驚くほど強い。まるで、鉄の爪で掴まれているかのようだ。


山小屋の中は、予想以上に寒かった。暖炉は消えており、部屋には、凍えるような冷気が充満している。彼女は、暖炉に火をつけるでもなく、ただ忠夫をじっと見つめている。


彼女の瞳は、まるで、深い闇の淵のように、底知れぬ恐怖をたたえている。その瞳に吸い込まれそうになり、忠夫は目をそらすことができない。


「あなたは、美しいですね…」


彼女は、忠夫の顔を優しく撫でる。その手は、依然として氷のように冷たい。しかし、その冷たさとは裏腹に、彼女の言葉は、甘く、妖艶だ。


「でも、あなたは、すぐに凍ってしまうでしょう…」


彼女は、忠夫の耳元で囁く。その声は、雪の結晶のように、冷たく、鋭く、忠夫の耳に突き刺さる。


「なぜ、こんなことを…」


忠夫は、彼女に問いかける。しかし、彼女は何も答えない。ただ、忠夫をじっと見つめている。その瞳は、まるで、忠夫の魂を奪おうとしているかのようだ。


彼女の冷たい指が、忠夫の頬に触れる。その瞬間、忠夫の体の感覚が、徐々に失われていく。まるで、氷の中に閉じ込められていくようだ。


視界がぼやけていく。意識が遠のいていく。忠夫は、彼女の冷たさに、完全に支配されていく。


最後の意識の中で、忠夫は彼女の美しい顔を見た。しかし、その顔は、徐々に歪んでいく。まるで、鬼のような、恐ろしい顔へと変化していく。


そして、忠夫は、永遠の眠りについた。


 数日後、捜索隊が忠夫を発見した。忠夫は、凍りついたまま、山小屋の中で息絶えていた。忠夫の傍らには、白い着物姿の美しい女性の姿はなかった。ただ、凍てつくような冷気だけが、残されていた。


 それからというもの、雪山で遭難した人の話には、必ず雪女の噂がつきまとうようになった。美しい女性の幻影、そして、凍えるような冷たさ。それは、雪山に潜む、恐ろしい存在の証だった。 人々は、雪女の物語を語り継ぎ、雪山への畏怖の念を、いつまでも胸に刻み続ける。 雪女の呪縛は、永遠に続くのだ。

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