村はずれの、朽ちかけた杉の巨木が寄り添うように立つ一軒家は、まるで呪われたかのように静まり返っていた。かつては、仕事熱心で明るい青年と、その優しい母親が暮らしていた家だ。しかし、今は、窓ガラスには埃が厚く積もり、庭には雑草が膝まで伸び放題。ひび割れた土塀からは、廃墟の息遣いが感じられた。
青年、三郎は、かつてこの村で誰もが認める働き者だった。しかし、母親の認知症は、彼の生活を根底から覆した。懸命な介護の日々も、母親の死には抗えず、三郎は深い悲しみに沈んだ。仕事も辞め、酒に溺れる日々。村人との交流も途絶え、やがて彼はこの家から一歩も出なくなった。唯一の接点は、酒屋への酒の注文だけだった。
それから数ヶ月後、異臭が村中に漂い始めた。最初は誰の家のものか分からなかったが、風向きと臭いの強さから、三郎の家であると特定された。腐敗臭、生臭さ、そして何とも言えない、獣のような臭いが混ざり合った、吐き気を催すような悪臭だった。
村人たちは不安に駆られた。三郎の様子がおかしいことは、皆知っていた。しかし、誰も彼に近づくことができなかった。彼の閉ざされた世界に、誰も踏み込む勇気がなかったのだ。
ある日、勇気を出して彼の家を尋ねたのは、村で一番の古株である老婆、お浜さんだった。お浜さんは、三郎の母親と親しかった。彼女は、三郎の異変をいち早く察知し、彼の様子を見に来たのだ。
しかし、家の前まで来ると、お浜さんは足が止まった。家の周囲には、異様な静寂が漂い、空気さえ重く感じられた。窓から覗き込もうとしたが、厚い埃と、何とも言えない不気味さを感じ、断念した。
その夜、お浜さんは、村長に相談した。村長は、警察に通報することを提案したが、お浜さんはそれを拒否した。警察を呼ぶことで、村に余計な騒ぎを呼ぶことを恐れたのだ。代わりに、数人の村人と共に、三郎の家を訪れることにした。
夜、懐中電灯を手にした数人が、静かに三郎の家の前に集まった。戸口のノッカーは朽ち果てており、代わりに、戸をそっと叩いてみた。反応がない。何度か叩いても、返事はない。
ついに、お浜さんが、戸を開けることにした。戸は、驚くほど簡単に開いた。まるで、最初から開けっ放しだったかのように。
家の中は、想像を絶する光景だった。埃とゴミが散乱し、空気が淀み、異臭はさらに強烈だった。そして、居間の片隅で、三郎は発見された。首には、縄が巻き付いている。彼は、自らの手で命を絶っていたのだ。
しかし、それだけではなかった。三郎の傍らには、何やら奇妙なものが置かれていた。それは、人間の骨のような、白く小さな骨のかけらだった。数え切れないほどの骨のかけらが、床に散らばり、まるで、何かが砕かれた跡のように見えた。
さらに、異臭の原因が明らかになった。それは、三郎の母親の遺体だった。腐敗が進んでおり、形も判別できないほどだった。しかし、奇妙なことに、遺体の周囲には、奇妙な粘液のようなものがこびりついていた。まるで、何かが遺体を舐めまわしたかのような跡だった。
警察が到着し、現場検証が行われた。三郎の死因は自殺と断定されたが、母親の遺体の状態、そして、無数の骨のかけらは、謎のままだった。
それからというもの、三郎の家の周囲には、夜になると、奇妙な音が聞こえるようになったという。風の音とも、獣の鳴き声とも違う、何かがうめき声を上げるような、不気味な音だ。
そして、村人たちは噂し始めた。三郎の母親の遺体から見つかった粘液、そして、無数の骨のかけら…それは、何か、人間ではない何かが、三郎の母親、そして三郎自身を襲った証拠ではないかと。
村はずれの、朽ちかけた杉の巨木が寄り添うように立つ一軒家は、今も静かに、そして不気味に、村を見下ろしている。その家には、かつての幸せな家族の面影はなく、ただ、深い闇と、忘れ去られた悲劇だけが、残されていた。そして、夜になると、あの不気味なうめき声が、村中に響き渡るのだ。