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第10話 ご馳走

「あら、何やら賑やかですわね」




 ボク達がダンジョンから帰還すると、冒険者ギルドの前の通りに行商人達が集まり、出店を並べている光景が目の前に広がっていた。




 空は夕日で赤く染まり、薄暗くなっている。




「凄いですわ。色んなお店が並んでる……ポルカ! 屋台デートしましょう!」




 子供のようにはしゃぐカナに手を引かれるまま、屋台で賑わう冒険者達の塊の中に入っていった。さっきズーレに襲われたばかりだというのに安心しきった表情をしている。それほど、イクリプス姉妹の存在が大きかったのであろうか。ボクはもやもやとした気持ちになった。




「ちょうど夕方だし、ここで食べていきましょうよ!」




 ボク達は夕日で赤く染まる空の下で心地よい風が肌で感じながら、食べ物を出している行商人を探した。肉の串焼きやフルーツの盛り合わせを出している店など、多種多様な品揃えにボクは目を丸くした。これまで一人で活動していたから、誰かと屋台を一緒に見て回ることなどなかった。だから、見慣れたいつもの光景が変わって見えてきた。




「ん? もし、これは何ですの?」




 カナの琴線に触れた品物があったらしく、屋台を構える商人に質問をした。




「おお、これはこれはレディ……お目が高い! これは『ハンバーガー』といって、ふわふわのパンで肉や野菜を挟んだものなんだ!」




「ふわふわのパン? これがパン? 普通、パンは固いものだろう?」




 ボクは興味を惹かれ、まじまじと品物を見た。そして、そんなボクの様子を、紫のロングヘアで長身の若い女性商人が得意げな顔をして見ていた。ボクは、彼女の切れ長の目に黒縁の眼鏡をかけた姿から、底知れぬ知性を感じた。




「ポルカ、これを食べてみましょう!」


「うん。そうしようか」




 ボクのアイテム屋魂にも火をつけた。パンは固いからいつもスープに浸して柔らかくして食べていた。でも、柔らかいパンが存在するのであれば……革命的だ。




「毎度あり!」




 カナはお金を払い『ハンバーガー』なるものを二つ受け取ると、片方をボクに渡してきた。


 ボクは、まず受け取った瞬間に絶句した。




「え? 本当に柔らかい!」




 思わず呟いた。ハンバーガーを持った瞬間に指にパンの柔らかさが伝わった。




「あら! 美味ですわ! とっても美味ですわ!」




 カナは感動した様子でパクパクとハンバーガーを凄い勢いで食べていった。


 ボクも恐る恐る口に運んでみた。




「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!」




「ふふふ。ポルカったら、リアクションが大きいですわよ」




 カナに笑われてしまった。しかし、このハンバーガーという商品にはそれだけの価値がある。柔らかいパンに肉汁が染みつき、何とも言えないハーモニーを奏でている。そして、一緒に挟んでいるレタスのシャキシャキとした瑞々しさが、肉の脂っぽさを上手く中和している。そして、こうやって様々な具材をうまく調和させているのは、すべてこの柔らかいパンによるものだ。




 また、この食べ物の美味しさにより、ボクの胸中に生じていたもやもやとした感情が少し中和された。




「屋台のお姉さん! この柔らかいパンは何なんだ!」




「ああ、それはね。水に果物をつけたビンを置いておくと泡立つのよ。その泡立った水をパンに混ぜて焼くと、こうした柔らかいパンになるの」




「……なるほど」




 ボクはアイテム屋時代に旅人から聞いた話を思い出した。ここよりはるか東の国では『発酵』という技術を使った食べ物がある――という話だったか。何やらその旅人の話では、この世界には目に見えない程小さい『菌』という存在があるのだとか。ボクは初めてその話を聞いた時は、「この人の脳内は御伽話の世界に連れ去られてしまっているのか」と疑ってしまった。でも、話を聞いていくと、とても興味深いものであった。




 常温で放置しておくと、菌が繁殖し、生命活動を行う。そこで泡が沢山発生する。この仕組みを上手く食材に利用すると美味しいのだと。そして、そもそもワインやビール等の酒はこの仕組みを利用している、とのことだった。




「なるほど。発酵か……」


「ポルカ?」




 カナと屋台のお姉さんは、ボクが突然ぶつぶつと独り言を言って考え込んだから驚いてしまった。




「ああ、ごめんごめん。屋台のお姉さんありがとう。とても良い話を聞かせてもらったよ」




「ああ、そうかい。それは良かったよお嬢さん」




 ボクは自分の少女のような見た目に感謝した。このお姉さんはボクに対して何の警戒もせずに、商品の秘密を教えてくれた。




「お姉さんは、瓶で泡を作る作業から全部一から作ってるの?」




「ええ、そうよ。はじめは皆から気持ち悪がられたよ。こんな食材を放置して泡を作るなんて、明らかに料理を作る手順ではないって。何度も変態調理人と言われたよ。でもね、人は進み続ければしっかりとした道を手にすることができる。アタシは紆余曲折、色んな挫折と恋人から逃げられた経験の末、このハンバーガーを完成させたのよ」




 商人で食べ物屋のお姉さんは握り拳を作り、目に涙を浮かべながら熱弁した。そして、カナは案の定『変態』という言葉を耳にしたせいで、目をキラキラと輝かせていた。




「お姉さん、その技術は大変素晴らしいものだ。だから、その秘密を教えてくれたお礼をしっかりしないといけないと思う」




 ボクは先ほどダンジョンで入手した鉱石を商人のお姉さんに渡した。




「お嬢さん……これは……A級鉱石のスラッシュメタル?」




「そうだよ。さっきダンジョンで入手したんだ。磨くと良い包丁になると思うよ」




「そんな……こんな貴重なもの頂けないよ。見た限り、本物のスラッシュメタルじゃないの」




 ほう……見てちゃんと本物かどうか判別できるのか。料理や食材メインの商人のようだけど、他の素材やアイテムの知識もありそうだ。ボクのアイテムの価値も認めてもらえるかもしれないから、ここで顔つなぎをしておいた方が良さそうだ。




「いいんだよ。それほどこのパンは素晴らしいし、お姉さんの発酵技術は素晴らしいものだ」




「そう? そう言ってもらえて嬉しいわ!」




 声色は明るく穏やかだけど、お姉さんの目に警戒の色が浮かんだ。ボクがお姉さんの技術について「知っている」と気づいて貰えたようだ。だからこそ、わざわざボクがA級鉱石スラッシュメタルという希少なアイテムを渡した真意が伝わったであろう。




「お嬢さん。アタシの名前はヘカテーと言うの。できれば今後とも良い取引をしたいものですわ」




 ほうら。向こうから関係作りをしようとしてくれた。セツおばあちゃんもこんな風にして色んな取引先と繋がりを作ってきた。こうした縁が後々助けとなってくる。




「ボクの名前はポルカ。冒険者でアイテム発明家さ」




「そうですか。ははは」




「ふふふ」




「……なんか仲良くなったみたいで良かったですわね」




 ボクと商人のお姉さん――ヘカテーとのやり取りを見たカナが微笑ましそうに笑った。



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