訓練を終えたボクは、カナの誘いで『モンスターズ・セメタリー』というレイボーン領にある博物館に一緒に行くこととなった。現在、カナと一緒に馬車で移動している。
「ねえ、カナ。ミカさんとオボロさんってどいういう関係なの?」
「え? 双子の姉妹ですけど」
「そうか。そうだよね」
ボクはオボロさんがミカさんにキスをした光景が頭に残って、ずっと気になっている。
「でも、姉妹でもありリリィでもありますわね」
「『バディ制度』か……家や苗字を持たない冒険者にとっての婚姻制度。ネームド・エネミーを討伐してダンジョン・ロードになり、爵位を得ることで婚姻を結べるようになる。そんなバディ制度の中で女性同士で婚姻を結んだ場合リリィとなる、ということだったよね?」
「その認識で合ってますわ」
ボクは顎に手をやり考えた。
「ということは、ミカさんとオボロさんは姉妹であり、リリィであるということ?」
「そういうことになりますね」
ボクは少し混乱した。なぜ彼女達はリリィとなっているのであろうか。
「待って……ミカさんとオボロさんは双子なんだよね? すでに家族じゃないか。家族なのにどうして結婚してリリィになっているの?」
「それは、冒険者は元々レガリア国に自分や家族の情報が記録されていないからですわ。ミカさんとオボロさんは同じお母さんから生まれた双子姉妹だったとしても、レガリア国にはその情報が記録されておりません。ミカさんとオボロさんはリリィとなって初めて、レガリア国にリリィという家族として登録されることになったのです」
「そういうことか……貴族ではない二人は結婚してリリィにならないと、レガリア国に家族として認められなかったのか」
ボクは納得した。
「でも、そうですね……ミカお姉様とオボロお姉様の結婚には、感情的な意味合いも含まれているかもしれませんね」
「感情的な意味合い?」
正直、その言葉だけだと分かりかねてしまう。
「そもそも、リリィという家族形態ができたのは、ミカお姉様とオボロお姉様がきっかけなのですよ」
「え? そうなの? って痛ぁ!」
ボクは驚いて立ち上がってしまった。そのせいで馬車の天井に頭をぶつけてしまった。
「二人がネームド・エネミーを倒した時、オボロお姉様がミカお姉様にプロポーズをしたのですよ」
「ええ? あのオボロさんが? って痛ぁ!」
「もう、なにやっているんですの」
ボクは再び馬車の天井に頭をぶつけてしまった。それを見たカナは口を押えて笑ってしまった。
「元々、バディ制度はあったんですよ。冒険者の男女が結婚するという。だけどオボロお姉様がミカお姉様にプロポーズをしたことがきっかけで……そしてオボロお姉様の強い働きかけもあり、レガリア国は『リリィ』、『ローズ』という同性の結婚制度を新たに創設したのです」
「そうだったんだ……あの冷静沈着なオボロさんが、そこまで情熱的にミカさんとの婚姻関係を結ぼうとしたなんて……」
「私もびっくりしましたわ。いつもミカお姉様を手玉に取ってからかっているのに。本心では、心底ミカお姉様を慕っていたのですね」
ボクは話を聞けば聞くほど、余計にわからなくなってしまった。
「一つ、確実な事が言えますが、それは目的達成のためということ。二人の目的は姉妹二人で滅びた家の復興をすることですので、ミカお姉様、オボロお姉様が一緒の家族にならないというのは、その目的と違えてしまいます」
「ん? そうか。二人でネームド・エネミーを討伐しているから、爵位は二人に与えられる。ということは、一緒の家族にならない場合は、それぞれ別の『家』になるということ?」
「そういうことですわ。だから、彼女達の目的を達成するには、現状の制度を利用するためにも結婚する必要があったのです。……でも」
「でも?」
カナは、馬車の窓から外の景色を眺めながら言った。
「恋愛感情があったかどうかは、本人達にしかわからないでしょうね」
「確かにそうだね」
「そもそも、恋愛感情とは何なのか、という話にも行きつくかもしれません」
「……」
ボクは最近の心の揺れ動きが激しすぎたせいで「恋愛感情」というものが分からなくなっている。カナに憧れを抱き、カナの裸に興奮して、カナが別の人と仲良くしている所を見て嫉妬して……カナの役に立っているかもしれないという気持ちを嬉しく思ったり。そんな心の動きが友情なのか恋愛感情なのか、明確に線引きできるものなのだろうか?
「友情」だって程度の度合いは変わる。「心の友」と呼べるような存在と「恋人」はどう違うのか? 安易に男女で線引きしても良いのかどうか? 生殖行為をして、子孫を残せるかどうかが恋愛に繋がっていくのか。
「着きましたわ」
ボクは目的地に到着するまで馬車に揺られながら、そんな答えも出ないような問いを考え続けた。