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第26話 名探偵布姫

「……これが鏡の正体……なんでしょうか?」

「うーん。どうだろ? いくら磨いたって言っても、姿が映るってほどでもないからなぁ」

「そうだな。多分、明るくても顔が写ることはないから、さすがにこれで鏡と間違えるってことはないと思うけど」

「でも、噂なんて誇張されることが多いんじゃないかしら?」

「それも一理あるな」

 妙にツルツルした壁の前で、僕たちは首を傾ける。

 だが、いくら考えてもこれだけの情報で真相は分かりそうもなかった。

「どうしよっか?」

「跳び箱の時と同じように、犯人が現れるまで待つか?」

「……さすがにここで何時間も待つのはきびしいんじゃないかしら?」

 階段を見下ろす布姫。

 前は体育館倉庫で、マットがあったから寝転がることで数時間は大丈夫だったが、今回はタイルの上で、しかも階段だ。

 布姫の言うようにここで数時間、来るかもわからない犯人を待つのは辛い。

「……諦めるんですか……?」

 唯織ちゃんが物凄い悲しそうな顔をする。

 そんな顔をされると、ちょっと胸が痛くなってきてしまう。

 今度こそは妖怪を見れるかと期待してたんだろうか?

「あの……先輩たちは……その……部室で待っていてください。あたしがここで待っているので……」

「いや、さすがにそれは、ちょっとなぁ……」

「それじゃさ、ここの階段から一番近い教室で待機してるっていうのはどうかな?」

 腕を組んで少し考え込んでいた水麗が提案してくる。

「いいんじゃないか? 教室なら机とか並べたら寝転がれるし」

「机の上? 冗談じゃないわ。私にそんな場所で寝ろっていうの?」

「お前……音楽室の床で寝てたじゃねーか」

「あら? そうだったかしら?」

「大体、なんで、寝る気満々なんだよ」

「眠いからよ」

「……清々しいな」

 とにかく、水麗の案を採用し、屋上の階段から一番近い教室の中で待つことにした。

 その教室は三年生の教室だったが、僕がいる二年の教室とあまり変わらない。

 当然と言えば当然なのだが。

 教室に入るなり、布姫は机をくっ付けて並べてその上に寝転がった。

 水麗は壁に張っている、時間割表や行事の案内が書かれたプリントなどの掲示物を見て回っている。

 唯織ちゃんはドアに耳をくっ付けて、廊下の音を聞き洩らさないようにしているようだ。

 さすがに教室内の電気は付けるわけにはいかないから、明かりは月の光だけなのだが、歩くのに不自由しないほどの明るさはある。

 僕は布姫ほど神経が図太くないので、適当な机に腰かけた。

 ……これはこれで図々しい気がするけど。

 教室の正面の壁にかけてある時計を見ると、既に十一時近くになっていた。

 もうそろそろ布姫も限界だろう。

 横を見ると寝転がっている布姫の目がゆっくりと閉じたかと思うと、カッと見開く。

 ……なんか怖いぞ、それ。

「布姫、眠いなら寝ていいぞ」

「だ、大丈夫……よ。絶対に……寝ない……わ」

「お前、何と戦ってるんだ?」

 布姫は寝ないようにするためか、右手で左手の甲をつねっている。

 寝る気がないなら、寝転がらなきゃいいのに。余計辛いだけだと思うんだが。

 逆に唯織ちゃんはドアに張り付いたまま、微動だにすることなく廊下の音を聞くことに余念がなかった。

「唯織ちゃん、あまり無理するなよ」

「大丈夫です。もうすぐ妖怪に会えると考えるだけで、血がたぎってしまって」

「……妖怪は関係ないかもしれいぞ?」

 そんなに妖怪が好きなのか? いや、怖いものが好きなのだろう。

 ……怖いものが好き? それって、怖いって言えるのか?  まあ、どうでもいいか。

 水麗は既に教室の後ろにある物入れの物色を始めていた。

「ほう! 0点のテストだ! こりゃ凄い! 伝説上でしかないものだと思っていたのに! まさか、こんな場所で出会えるとは! 貰っておこうっと」

「おい、止めろ!」

「え? なんで?」

「いや、なんでって言われても……。一応、窃盗になるんじゃないか?」

「はっはっは。達っちんはまだまだ考えが浅いなぁ。いいかい? この人はこのテストを家に持って帰らないってことは、持って帰りたくないってことじゃない?」

「うーん。まあ、そう……かな?」

「つまり、これは要らない物ってことじゃないかな? それを欲しい私が貰う。これは立派なリサイクルだよ! 今流行りのもったいない、だね!」

「……違うと思うんだが」

 何となく、正論に聞こえるところが怖い。

 それでも、急にテストがなくなっていれば本人はかなりビックリするだろうし、盗人を我が新聞部から出すわけにはいかないので、水麗にはしまっておくように言う。

「ぶぅ。もったいなぁ。よし、せめて写真に撮っておこう」

 パシャリとシャッターを切る水麗。

 ちょっとテストの持ち主のことが可愛そうになってきた。見ず知らずの人間に、0点をとったことがバレた上に証拠を撮られるなんて……。ゆすりのネタにしか思えない。

 写真を撮ったことで満足したのか、水麗は乱雑した物入れに、テストを戻していく。

 強引に入れようとして、隣の物入れから飛び出していた棒のようなものが、水麗の肘に当たり、床に落ちる。

 カランという、やや響く、軽い音だった。

 布姫はチラリと顔を上げ、唯織ちゃんは物凄い勢いで振り返る。

「ああ、ごめんごめん。なんでもない。ちょっと物を落としただけだ」

 僕の言葉を聞いて、布姫と唯織ちゃんはさっきと同じ体勢に戻った。

 水麗は落ちたものを拾い上げる。

「リコーダーだ」

 水麗が落としたのはどうやら、縦笛……リコーダーだった。

「そういえばさー。リコーダーが舐められるっていう七不思議もあったよねー」

「んー。それは七不思議っていうより、悪戯っていうか……変態の仕業だろ」

「え? 佐藤くんの仕業?」

 布姫がガバっと起き上がった。半分閉じかかったというか、半分開けた眠そうな目をしている。

「……なんで変態イコール僕って図式になってるんだよ。僕の話じゃない。寝てろ」

「あらそう。違う変態の話か。つまらないわね」

 そう言って、寝転がる布姫。

 僕が変態だってことは断固として変えないんだな。

「でもさ。おかしくない?」

 水麗がリコーダーを見下ろしながら首をかしげる。

「何がだ?」

「だってさー。リコーダーが舐められるのって、すっごい嫌だと思うんだよね。特に女子はさ」

「そりゃ、そうだな」

「だったら、持って帰らない?」

「……えっと、どういうことだ?」

「七不思議の噂になるってことは、一回だけじゃないと思うんだよね。何回もやられるから噂になるんじゃないかな? ねえ、いおりん、あの七不思議って特定の人がやられるって話だったよね?」

「……はい。確か、三年生で、どこかのクラスの委員長をしている方だと聞いています」

「その人しか被害に遭ってないの?」

「あたしが聞いた限りでは……」

「そっか。ありがと」

 質問に答え終わった唯織ちゃんは、コクリと一度頷いてドアに耳をつける。

「ね? おかしいでしょ?」

「……確かにな」

 自分だけが被害に遭っているのに、何も対策を打たないのはかなり違和感がある。

 その対策が難しいというのならまだわかるが、単にリコーダーを家に持って帰ればいいだけだ。

 相当なうっかりさん、なのか? でも、曲がりなりにも委員長をやっているというなら、普通の生徒よりはしっかりしていると思うのだが。

 偏見かもしれないけど。

 それにしたって、自分の笛が舐められるなんてことをされて、うっかりで持って帰るのを忘れるなんてこと、あり得るんだろうか?

「わかった! きっと、毎回、新しいのを買ってるから、気にしないんじゃないかな?」

「……それはないだろ」

「だよねー」

「謎は大体、解けたわ」

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