いつの間にか布姫が起き上がって、僕らのところに来ていた。
相変わらず、眠そうな顔をしている。
「大体かよ……。そういうのは全部解けてから宣言するもんだぜ?」
「全部解くのって、面倒じゃない」
「……探偵だったら、怒られるぞ。まあいいや。で? その大体解けた答えを聞かせてくれ。どうせ、僕がやったとか言うんだろうけどな」
「その可能性も捨てきれないわ」
「捨てきれないのかよ。大体、僕はその人のことを何も知らないんだぞ?」
「知ってることを隠してるだけかもしれないじゃない? それに、佐藤くんはそこに女子の笛があれば舐める男だし」
「そこに山があるから登る的に言うなっ!」
「落ち着きなさい。ムキになると返って怪しまれるわよ」
「ぐっ!」
なぜだ。完全な冤罪なのに、自分が犯人に思えてきた。
布姫は「佐藤くんが犯人だということを置いておいて」と前置きして、話しを続ける。
「自分が被害に遭っているのに、それに対して何も対策を打たない。これが意味していることは……」
「なんだ?」
「喜んでるのよ。自分の笛が舐められていることに」
「……お前には、がっかりしたよ」
「なんでよ!?」
心底意外な顔をする布姫。
え? その解答、真面目に言ってたのか? そっちの方が驚くんだが。
「……なるほどねぇ。なくもないかも」
「お、おいおい。水麗まで……。どうしたんだ?」
普段は変だが、こういうシリアスな場面では一番まともな水麗がまさかの布姫の意見に同意するとは。
そうなってくると僕の自信の方が揺らいでくる。
「達っちん。……女の子はね。舐めることは好きでも、舐められるのは嫌いなんだよ」
「……いやいや。それは男でも同じだろ。っていうか、相手によるんじゃないか?」
その前に女の子が舐めるとか舐められるとか言わないで欲しい。
思わずブルンブルンと揺れる胸に目がいってしましまい、思わず舐めたくなってくる。
うん。やっぱり、男も舐めるの好きなんだな。
「そう! その通りなんだよ!」
「え? やっぱり、男も舐めるのが好きなのが、かっ?」
「……ん?」
「ん?」
僕と水麗は首を傾げる。
なんか、変なことを言っただろうか? 僕の意見に水麗が同調してくれたんじゃなかったっけ?
ポンッと布姫が後ろから僕の肩に手を置き、耳元で囁く。
「地面。舐めてみる?」
「いや、いくら好きと言っても物によるかと……」
布姫の殺気のこもった言葉に思わず冷汗が吹き出てくる。
「よくわからないけど、話を戻すね。達っちんが言ったように、舐められるのは嫌でも、相手によるんだよ」
「ああ。そっちか」
「佐藤くん。普通の女の子は人の思考なんて読めないのよ」
「そうだな。お前の特異性かつ変人性が身に染みてわかったよ」
ドン。っとアバラに重い衝撃が走り、その後、ピシっという乾いた音が響く。
「え? なに? 聞こえなかったわ」
「き、聞こえなかったなら……殴る……なよ……」
冷汗が脂汗に変わっていく。
二本は逝っちゃったな。
「笛が舐められているのに対策を打たないってことは、その状況に満足まではいってないにしても不快には思っていないんじゃないかな?」
「えーっと、ということは……」
「きっとその人は犯人が誰か知ってるんだと思う」
「だったら、本人に注意するか、そうじゃなきゃ先生とかに相談するだろ」
「うん。そうしないってことは嫌じゃないってことじゃない?」
「ええー。そんなことあり得るのか? さっき、水麗が言ったように舐めるならともかく、舐められるのが嫌じゃないなんてこと」
「うーん。そうだねぇ……」
水麗が顎に手を添えて何やら考え事をしている仕草をしていたかと思うと、不意に僕の方を見て、にこりと微笑んだ。
思わず、ドキっとしてしまって一歩下がってしまう。
そんな僕の右手を掴む水麗。
そして――。
僕の人差し指をベロッと舐めた。
さらにチュバチュバとしゃぶり始める。
指から水麗の柔らかくて、暖かい舌の感触が伝わってきた。
心臓がバクバクと、まさしく早鐘のように打ち続ける。
興奮し過ぎて失神してしまいそうだ。
それほどまでに、水麗のその行為は……エロかった。
数秒後、水麗は僕の指から口を離す。その時に、糸を引く唾液がさらに僕のボルテージを引き上げていく。
「どう……かな? 嫌……だった?」
さすがに今の行為がかなり恥ずかしかったのか、水麗は手をモジモジとさせて上目遣いで僕を見てくる。その頬は桜色に染まっているのがまた、いい味を出していた。
「い、いや……嫌じゃない。てか、良かった……」
思わぬ事態に呆然としてしまう僕だったが、まだ心臓の鼓動は早い。
……なるほど。確かに舐められて嫌じゃないパターンというのも存在するようだ。
「……水麗さん。どさくさに紛れてやってくれたわね」
「でへへ。ごちそうさまでした」
いつもの笑顔……よりもデレッとした表情で頭の後ろを掻く水麗。
「まったく。油断も隙もないわね」
「それはこっちの台詞かな。屋上の階段まで、布布はずっと独り占めしてたでしょ!」
「あら。水麗さんが唯織さんと仲が良さそうだったら、気を利かせてあげたつもりだったんだけれど」
「むむー。まあ、とにかく、これでイーブンだよね」
「どう考えても釣り合わないわよ! 佐藤くん、私を舐めなさい!」
「なんでだよ!?」
いつものように何の話をしているのかよくわからないところから、僕を巻き込んでくる。
「私は舐めるより、舐められる方が好きだからよ」
「……お前も充分変態だからな」
いきなり、布姫が僕の顔面を鷲づかみにする。
ぐっと力が込められて、顔の骨がきしみ始めた。
「いいから、さっさと言うことを聞きなさい」
「痛ててて! 舐められるのが好きなら、クロに頼めよ! あいつなら喜んで舐めてくれるはずだ!」
「相手によるって言ってるでしょ!」
まるで万力に挟まれたかのような、強大な握力。このままではプチっと頭がつぶされてしまう。
「わかった! わかったから! 潰れる! 潰れる!」
「早くそう言えばいいのよ」
布姫がパッと手を離すことで、僕の顔面は恐怖から解放された。
一体、僕が何をしたんだというのだ? 前世は相当な悪人だったんだろうか?
「それじゃ、舐めなさい」
布姫がスッと右手を差し出してきた。
「布姫。その位置に手を出されたら、僕は座らないとならないぞ」
「よくわかってるじゃない。正座した状態で舐めるのよ」
「お前は鬼畜かっ!」
「あなたは家畜だけどね」
「うまくねぇ!」
それでも仕方なく、正座して差し出された布姫の指に向かって舌を伸ばす。
布姫はその光景を、鼻息を荒くして、興奮気味の表情で見ている。
そして、なぜか水麗も隣で同じような顔をしていた。
いや、水麗、止めてくれよ。そこを期待していたのに、お前まで期待したような顔で眺めないで欲しい。
「どうしたの、達ちん。ほら、ほら!」
「は、はやく舐めなさい!」
興奮が最高潮といった様相で、僕を急かす布姫と水麗。
せめて、唯織ちゃんがこの光景を見ていないのが救いか……と思ったら、ガン見している。
……どうして、こうなった?
この場に僕の味方はいない。
意を決して、布姫の右手の指の先をぺろりと舐めた。
「あんっ!」
布姫が大きく、ビクンと震える。
さっきの水麗と同じように、人差し指をぱくりと口の中に含む。
口の中で味わうように布姫の指をしゃぶる。
「だ、だめーーーー!」
いきなり、布姫に左手でビンタされた。
その衝撃で、僕は床に顔面を打ち付ける。
「こ、これヤバいわ……」
「え? ホント? どんな感じ? もっと詳しく!」
「感触的には何に近い感じでしょうか?」
「そ、そうね……。熱い柔らかい物が指を包む感じかしら」
「それで? それで?」
「もっと具体的にお願いします」
布姫、水麗、唯織ちゃんの三人が何故かハイテンションで盛り上がっている。
僕はと言えば、床に広がっていく、僕の体から流れ出る液体の水たまりを見ているのが精いっぱいだった。
このまま死ぬんだろうか?
そんなことをぼんやりと考えながら、僕は目をつぶったのだった。