雑談の後、多少の仮眠(寝落ち)をとったことにより、いつの間にか外が明るくなっていることに気づき、僕は慌てて寝ている三人を起こす。
「……あと五分」
まったく目を開こうとせず、そうつぶやく布姫。
「ベタベタ過ぎる台詞だな」
時計を見ると朝の六時だった。
いつもの合宿なら部室で熟睡している頃だろう。
部室であれば誰も来ないからいいのだが、教室(しかも三年生の)で関係のない二年生や一年生が寝ているというのはさすがにまずい。もし、見つかったら言い訳が見つからない。
「頼む、みんな、起きてくれ。なんとか部室まで移動するんだ」
僕の声で目をカッと見開き、上半身をバネ仕掛けのように勢いよく起こしたのは唯織ちゃんだった。
何が起こったのかわからないかのように左右を見渡している。
そして、自分が寝ていたことに気づいたのだろう。しょんぼりと肩を落として、俯いてしまう。
「……せっかく妖怪に会えるチャンスだったんですが」
「いや、妖怪の仕業と決まったわけじゃないから、そこまで気落ちすることはないんじゃないか?」
寝起きが良さそうな唯織ちゃんに反して、布姫と水麗はまったく起きようとしない。
「ほら、水麗も起きろ。部室に戻るぞ」
「うう……。転がしていって」
「そんな難易度の高いことを要求するなよ」
布姫は絶対に起きないだろうから背負っていくつもりだったが、水麗までとなるとちょっとキツイ。
布姫はおんぶで、水麗をお姫様抱っこか? ……いや、胸の大きさを考慮すると逆だな。
……あ、そもそも、人を二人抱えるほどの体力と筋力がないな。
チラリと唯織ちゃんを見る。
……どうだろう? 一年生に、しかも、こんな華奢な女の子に二年生の女子を背負わせるのは。なんか、ダメダメな先輩の烙印を押されそうな気がする。
「どうしようか?」
そんな僕の言葉に、唯織ちゃんは首を傾げる。
「……二回、往復したらどうでしょうか?」
「あ、その手があったか」
そうだ。何も、一回で移動を完了する必要はない。
とにかく、まずは教室内を元に戻すことから始める。
布姫を机の上から降ろし、来た時と同じ状態に並べ直す。
唯織ちゃんが手伝ってくれたおかげで、ものの五分で完了する。
「それじゃ、まずは布姫を部室に置いてくるから、念のため、唯織ちゃんはここで水麗のことを見ていてくれるか?」
「……わかりました」
小動物のように可愛らしく、コクリと頷く唯織ちゃん。
いくら今日が土曜日だと言っても、人が来ないとも限らない。
部活の朝練で来る奴もいるし、休みの日に学校に来て勉強する奴もいる。
僕が布姫を背負った瞬間だった。
廊下から誰かの歩く足音が聞こえてくる。
「ヤバい! 隠れろ、唯織ちゃん!」
「はい」
歩いてくる人物がこの教室に来るとは限らない。
だが、入って来る可能性もゼロじゃない。
僕は布姫を背負ったまま、掃除用具入れの中に隠れる。
僅かにある隙間から、教室の中の様子を覗く。
……まさしく、覗いている気分だな。
唯織ちゃんは水麗を教壇の下に隠し(しまった。手伝ってあげればよかった)、自分はというと、誰かの机の下でしゃがみ込んでいる。
いや、それって、普通に丸見えだよ?
僕が突っ込もうと用具入れのドアを開けようとした瞬間、誰かが教室に入って来た。
唯織ちゃんがビクリと体を震わせる。
咄嗟に隠れてしまったが、もし、その人物が教室で勉強なんか始めた日には、何時間もこの体勢を保っていないとならない。
……その前に確実に唯織ちゃんがバレると思うけど。
素直に出て謝るべきか……?
などと考えている間にも、入って来た人物は教室内を歩いている。
掃除用具入れの隙間からはちょうど死角になっているが、どうやら壁際にある、生徒が使う物入れ辺りの前を歩いているようだ。
その人が一歩歩くたびに、自分の心臓の鼓動が加速していくように感じる。
緊張し過ぎて過呼吸になっていく。
もし、その人が朝、いきなり掃除を始めるほど几帳面だったとしたら……。
思考が悪い方、悪い方へと展開していく。
プレッシャーに耐えられず、思わず飛び出しそうになった瞬間だった。
ガラガラとドアが開く音がする。
「!」
まさか、二人目?
思わずビクリと大きく震えたが、どうやら違ったようだ。
唯織ちゃんが机の下から出てくる。
「達也さん、もう大丈夫ですよ」
唯織ちゃんの言葉にホッとして用具入れの中から出る。
「どうやら忘れ物を取りに来たみたいです。女生徒が笛を持って、出ていてしまいました」
「そっか。命拾いしたな」
僕は何とか水麗を起こし(布姫も起こそうとしたが、死んでるんじゃないかって思うほど何の反応も示さなかった)、廊下に出る。
教室内にいるよりは廊下にいた方が、まだ言い訳も立つはずだ。
実際に他の生徒が学校に来ているくらいだし。
僕は布姫を背負い、右側に水麗、左側に唯織ちゃんという並びで廊下を歩く。
水麗は大きく欠伸をして、眠そうな目をこすっている。
「今回は、なんかすごく疲れたな」
「貫徹したしねぇ」
「寝ちゃったけどな」
「……妖怪さん、見れなかったです」
朝なのに、二人とも暗い表情をしている。恐らく、僕もそんな顔になってるだろう。
ここまで頑張ったのに(頑張ったかはどうかは微妙だが)成果がなかったのが、拍車をかけている。
帰ったら、すぐ寝よう。