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【第十三話】まあまあスタンダード

 楓音と並んで座り、電車に揺られた翌日。

 オンボロアパートのヒガコ荘に朝が来た。


 宗教の勧誘か、それともN△Kの受信料契約の奴らか。

 俺の部屋の扉をドンドンと強めに叩く音が響く。


「……うぅ、るせえ」


 今何時だと思っているんだ。

 寝ぼけ眼のまま、携帯の画面をチェックする。時刻は十三時過ぎ……。


 昨日は遅くまでお宝の確認作業をしていたからな、眠くて当然だ。ノックとチャイムの音が交互に鳴るが、耳栓してガン無視でOKだろう。訪問者がどこの馬の骨か知らないが、まだ寝てるんだから大人しく帰りやがれ。


 ってことで、お休みなさい。


 頭まで布団を被ると、真っ暗な世界で目を瞑る。

 暫くすると、ノック音が止んだ。居留守作戦成功だ。これでようやく静かに眠ることができる。


「……、……?」


 いや、なんだ。

 おかしいぞ、すぐ傍に人の気配がする。


 被っていた布団をずらして、薄っすらと目を開けてみると、白いものがチラついた。それは……。


「のわっ⁉」


 慌てて飛び起きる。そして本棚に背中をぶつけた。

 痛みに声を上げそうになったが、結果的に別の声を出すことになった。


「はぁ、やっぱり寝てた」

「お前……御剣楓音! どうやって入った⁉」


 何故だろうな。

 呆れ顔の楓音が部屋の中に立っていた。


「か、カギは! 鍵はどうした‼」

「閉まってたけど?」


 ですよね。

 締め忘れがないように、必ずチェックするからな。


「じゃあどうやって中に入ったんだよ!」

「だから言ったでしょ? あたし、これでもランカーだし、この程度のことは朝飯前だって」

「くっ、俺はまだ朝飯も食ってないのに!」

「いや、もうお昼過ぎてるんだけど……」


 楓音は溜息を吐く。

 胸の前で腕を組み、布団からはみ出て仰け反る俺を見下ろすと、更に口を動かした。


「あんたさ、昨日別れ際にした約束忘れちゃったの?」

「約束……? ああ、忘れるものか、俺のモデルになるって話だよな」

「違うし! 一緒に探索するって話よ!」

「……あー、そっちか。うん、したした。確かにしたな」

「あんた絶対忘れてたでしょ……」


 視線を逸らすが、俺の部屋はとにかく狭い。

 四畳半にテーブルと四つの本棚がひしめき合う。二人もいると窮屈だからな、とりあえず出て行ってくれると有り難い。


「ほら、早く支度しなさいよ。一時間も待ち惚けしたんだからね」

「一時間? ……っていうか、正確な時間って決めてたか?」

「お昼って言ったんだから、大体十二時でしょ」


 だったら十二時に集合と言っておいてほしい。

 勿論、寝坊した時点で待ち合わせ時刻など無意味なわけだが、それを言うと更に怒られそうだ。


「せっかく上がったんだ、とりあえずお茶注ぐから飲んで待っててくれ。あと、そっち向いててくれるか、じゃないと着替えられないからな」


 無論、このままでも着替えることはできるが、楓音の中の俺がただの変態からド変態に進化してしまいそうなので自重した。


「当たり前よ、あんたの着替えなんか見たくもないし」


 俺は見たいけどな、と言ったら即御用だな。その言葉は心の中に閉まっておこう。それにしても……白か。うむ、いい色だ。まあまあスタンダード。


「ほら、お茶だ」

「……ありがと」

「あっち向いて飲めよな」

「っ、分かってるってば」


 お茶を飲む楓音の背中を確認し、俺も同様に背を向けて手早く着替える。

 と言っても、部屋着のズボンを履き替えるだけだからすぐに済んだ。


「着替えたぞ」

「えっ、はや……きゃっ⁉」


 着替えを終えて振り向くと、ビクッと肩を揺らす楓音。

 おやおや、どうやら本棚から俺が描いた本を手に取り、表紙と睨めっこしていたらしい。すぐに戻そうとしたが、目測を誤りエロ本がバラバラと落ちてくる。


「いたっ、あ、いたた……」

「……うーむ、凄いな。エロ本の山に埋もれる女子高生の誕生だ。これは絵になる。ちょっとそのまま動かないでいてくれ、スケッチするから」

「そんなのいいから助けなさいよ! ってかなんでこんなにエロ本ばっかりあんのよ!」

「俺の宝だが?」

「自慢げに言うな、ドヘンタイッ‼」


 実にあっさりと、楓音の中の俺はド変態へと進化してしまった。

 だが後悔はしていない。この構図を己の瞳に焼き付けておこうじゃないか。


 手を差し伸べて楓音を立ち上がらせると、床に散らばったお宝の山を一冊ずつ本棚に並べる。

 その中から一つ、俺の本を楓音へと手渡す。


「ほら、やるよ」

「い、要らないから! エロ本なんか読まないし」

「でも興味はあるんだろ?」

「っ、興味があるのはそれじゃなくて……ああもうっ」


 軽く頭を振り、悶えるように声を漏らす。

 しかし何かが吹っ切れたのだろう。顔を上げて目を合わせたかと思うと、楓音は俺の本を強奪するように受け取った。


「親に見られるなよ」

「おあいにく様、あたし一人暮らしだから」

「なんだ、一緒かよ。それならエロ本読み放題だな」

「だから読まないって言ってんでしょ!」


 怒りの感情を表に出しながらも、楓音は玄関へと向かい、靴を履いて外に出る。そして俺もその背を追いかけた。


「……え? 自転車?」


 ヒガコ荘の駐輪場に停めてある自転車に跨ると、楓音が眉を寄せた。


「あんた、すぐそこなのに自転車で行くの?」

「時間は有限だ。歩きだと十分程かかるが、自転車なら一分から二分で着く。この僅かな差で、原稿をどれだけ進めることができると思う?」

「寝坊した人の言う台詞じゃないと思うんだけど……まあ、一理あるわね」

「だろう? 一分あれば妄想の中で一発ヤることも余裕でできるしな」

「死ね! ドヘンタイ!」


 遂に直接的なお言葉を頂戴してしまった。

 だが自重はしないぞ、絶対にだ。


「ほら、後ろに乗れ」

「え……まさか、二人乗りするつもり?」

「俺が自転車に乗っても、お前が歩きだったら意味ないだろ」

「まあ、それもそうだし……別にいいけど。あたし、二人乗りって初めてなのよね」

「ほう、初体験か」

「言い方! なんか嫌なんだけど!」

「楓音、お前の初体験は俺が頂くぞ」

「それ以上言うと冗談抜きでセクハラで訴えるからね!」

「失礼しました」


 即、首を垂れる。

 お縄に着くのだけは勘弁だ。刑務所の中では妄想することしかできないからな。


「……乗ったな? 振り落とされないように気を付けろよ」

「う、うん。……え、っと、肩とか掴んでもいい?」

「肩? 好きにしろ」

「じゃあ……」

「よし、行くぞ」


 いつもよりも慎重に、自転車を漕ぎ始める。一人よりも二人の方が、ペダルが重い。しかしこの重みは最高のスパイスと言えるだろう。


「……これ、なんか青春って感じがするかも」


 背中越しに楓音が呟く。その声は勿論、俺の耳にも届いている。

 しかしながら、今の俺はそれどころではない。自転車を二人乗りしたおかげで、目的地に着くまでの間、俺はずっと女子に触れられたままなのだ。


 これはアレだな、新手のプレイだな。


 顔が緩むが、後ろに座る楓音には見えないので何も問題ない。

 絶賛大興奮中だが、言えば降りてしまうだろうから黙っておこうじゃないか。


 ありがとう、自転車。

 そしてありがとう、二人乗り!


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