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【第十四話】御剣楓音とゆかいな仲間たち

 自転車を漕ぐこと約三分。赤の門専用の探索者組合に到着した。


 今回、楓音と二人乗りしてみて気付いたことだが、一人で漕ぐ時と比べて、これは結構力がいる。

 ヒガコ荘からの移動中、いつもの感覚でブレーキを掛けたり方向転換するのが難しく、思いの外ゆっくりと走ってしまった。中高生時代に青春を謳歌していた奴らは、さぞかし大変だったことだろう。


「あっという間に着いたわね」


 楓音自身は予想していたよりも早く着いたらしく、満足気な表情を浮かべている。その顔が見れただけで、俺も満足だよ。疲れたけどな。


「初体験の感想を聞かせてもらえるか」

「あんたねえ……」


 殴られるのを覚悟で訊ねてみる。

 すると、楓音は目を細めるが手を上げるようなことはしなかった。二人乗りのおかげか、機嫌がいいのかもしれない。


「……まあ、歩くより早かったし? 便利で……楽しかったと思う」

「そりゃよかった」

「ただね、その……」


 もじもじとしている。

 なんだ、何か問題でもあったのか。


「お……お尻が、……痛いのよね」

「……ほう。お尻が痛いとな?」


 素晴らしき台詞をいただきました。本当にありがとうございます。


「前に乗る人はサドルがあるからいいじゃない? でも、後ろは金具部分に直に座るから、お尻が痛くなっちゃって……」

「ありがとう」

「こちらこそ……って、何がありがとうなのよ」

「楓音、お前はモデルになる前から俺にインスピレーションを与えてくれる最高の女性だ。これからも末永く頼んだぞ」

「え? す、末永くって……そんな、急に言われても困るし……でもまあ、うーん……」

「よし、入るぞ」

「ちょっと⁉ ねえ、切り替え早すぎじゃない⁉」


 楓音と二人並んで建物内に入ると、途端に周囲の目が気になった。いや、二人乗りの時点で気付いてはいたが、四方から向けられる遠慮のない視線は、主に彼女を見ている。

 それもそのはず、楓音は探索者ランク十一位の上位ランカーで、今話題の中心人物だからだ。


「御剣楓音様ですね、いつもありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか」


 受付の列の最後尾に並ぶと、職員さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 なんだこの対応は、これが上位ランカーとランク圏外の差なのか。


「赤の門に潜りたいんですけど、その前にクランの申請をしたくて……」

「畏まりました。それではこちらへお越しください」


 列の最後尾を離れると、ロビー内のソファ席へと案内される。形式上、俺と楓音が隣同士に座り、向かいの席に職員さんが腰かけた。

 ところであの、職員さん? 列には並ばなくてもいいのかな?


 そこからは、とにかくスピーディーに事が運んだ。

 声をかけてくれた受付職員から上司っぽいおじさんにバトンタッチしたかと思えば、お茶にお菓子と持て成しを受ける。

 訪問者が御剣楓音だからこその対応だと思うが、上位ランカーというのは普段から手厚い歓迎を受けているのだろうか。


「ねえ、そういえばまだ決めてなかったけど……クラン名ってどうする?」

「……名前か」


 楓音に全て任せていたので、何も考えていなかった。

 一応、クランメンバーにはなるわけだが、軸となるのは楓音だからな。彼女にふさわしいクラン名にしておくべきだろう。


「そうだな、“御剣楓音とゆかいな仲間たち”でいいんじゃないか」

「いいわけないでしょ」

「なんでだよ、俺達に相応しい名前だと思うぞ」

「あんたとあたし、二人のクランなんだから、あたしの名前だけじゃおかしいでしょ」

「じゃあ、どんなのだったらいいんだ」

「そうね……あんたの名前って茶川綴人よね?」

「ああ」


 ヘンタイとか死ねとか言われるような仲だが、今初めて名前を呼ばれた気がする。


「たとえば名前を混ぜてみるとか……どう? 御剣綴人とか、茶川楓音……とか」

「夫婦じゃねえか」

「っ、そ、そういうつもりで言ったんじゃないし」


 指摘を入れると、楓音が頬を染めて視線を落とす。

 ……ああ、職員さんの目が痛い。


「もしこの先、メンバーが増えたら困るだろ」

「増えないわよ」

「即答かよ。仮定の話だぞ」

「仮定でも有り得ないわ。だって増やす気ないし」


 薄々感じていたが、楓音は結構頑固だ。自分の意見を曲げようとしない。

 もし、彼女がエロ漫画のキャラクターだとすれば、これでもかと屈服させるストーリーが浮かんでくるが、妄想するのは家に帰るまで我慢しておこう。


「後で変えることもできるんだろ? だから今は“楓音ちゃんとゆかいな仲間たち”でいいじゃないか」

「仕方ないわね……ところでさっきと少し変わってるんだけど」

「気のせいだろ」

「せめて最初のやつにしなさいよ。ちゃん付けは恥ずかしいし……」


 同意を得られたようだ。

 というわけで、俺達のクラン名は“御剣楓音とゆかいな仲間たち”で決まりだ。


 クランの申請についてだが、通常であれば二、三日を要すると聞いている。しかし今回、審査らしきものは一切なく、僅か十分足らずで申請が通ってしまった。

 圏外ランクの探索者とは信用度が違うのかもしれないが、恩恵が多すぎて羨ましくなる。


 クラン申請の後は、探索許可の申請だ。

 探索者ランク圏内であれば顔パスも可能だが、クラン単位で動くとなると話は変わってくる。クラン内に俺のようなランク圏外の探索者がいる場合、やはり通常通りに受付しなければならないようだ。


 とはいえ、そこは上位ランカー様様だ。

 クラン申請時と同様に、受付の列に並ぶことなく対応してもらえることになった。


「探索理由は、魔物退治でいいわね?」

「ああ。問題ない」


 俺達二人で鉱物の採掘作業をするわけにもいかないからな。そもそも楓音が俺とクランを結成したのは魔物退治が目的なのだから断る理由もない。


 クランリーダー、御剣楓音。探索者ランク十一位。

 二人しかいないのでサブリーダー、茶川綴人。探索者ランク圏外。

 もう間もなく、クラン名“御剣楓音のゆかいな仲間たち”による、初のダンジョン探索が幕を開ける。


「――御剣楓音だろ?」


 と、探索許可が下りるのを待っていると、ふいに声をかけられる。

 ソファに座ったまま声の主を探すと、五人組の男女が後ろに立っていた。


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