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【第十六話】ペンは剣よりも強し

 時刻は十三時半を過ぎた頃。

 御剣楓音とゆかいな仲間たちが赤の門に潜ってから数分後。魔物と遭遇することなく、目的地へと向かうことができた。しかし、


「どうしてないのよ⁉」


 と声を荒げるのは、クランリーダーの楓音だ。

 不満と驚愕を口に出す。


「っ、確かにここにあったはずなのに!」

「落ち着け」

「落ち着いていられるわけないでしょ⁉ 隠し通路が消えちゃったのよ!」


 楓音が声を荒げる理由、それはあの隠し通路がどこにも見当たらないからだった。


 いや、正確にはある。隠し通路はある。

 楓音はあの日に見つけた通路を進み、得体の知れない魔物と交戦した場所まで辿り着くことができた。けれども、そこで行き止まりだ。


「この先に、まだ道があったのよ! ねえ、あんたも見たわよね?」

「かもしれないな」

「かも……って!」


 広い空間をキョロキョロと見回すが、ここに来た道を除いて他の通路はどこにもない。楓音は頭を抱えた。


「いい加減諦めろ」


 落ち着かせるように、ある程度優しく声をかけてみる。


「ダンジョンは水物だ、魔素の影響で形が変わることがあるのは知ってるだろう」

「知ってるけど! でも、こんなに早く、しかも痕跡すら残らないなんてありえないから!」 

「……あの魔物の影響が大きいんじゃないか」

「っ」


 効果てきめんか。

 あの魔物を引き合いに出すと、楓音は不満気な表情を浮かべながらも息を整える。


「確かに……あんな強い魔物が死んだら、ダンジョンの影響も計り知れないわ」


 門に潜むダンジョンボスが倒されたら、その門は崩壊する。

 赤の門は今もまだ存在しているが、あの魔物はダンジョンボスに匹敵する力を持っていたといっても過言ではない。だとすれば、その影響も大きくなる。


「ここがまだ崩壊してないだけでも感謝しないとな」

「……納得いかないけど……仕方ないわね。それに、今は別にやるべきことがあるし」


 そう言って、楓音はただ黙って待つ。

 俺達の前に魔物が姿を現すまで、この場で待機するつもりのようだ。


 魔物はダンジョンが生み出す。

 魔素が固まり、魔石となって魔物の姿を象る。それが意思を持ってダンジョン内を徘徊するとされている。このまま待っていれば、いずれ出来立てほやほやの魔物が出てくるだろう。


「産まれるぞ」


 噂をすれば何とやらだ。

 何もなかった場所に魔素が溜まり、やがて魔物となる。今回はゴブリンの上位種、レッドゴブリンが一体だ。


「一人で倒してみせて」


 レッドゴブリンを一瞥し、楓音は当然のように告げる。


「……あれを俺一人で倒せと?」

「そうよ」

「いやいや、あれってレッドゴブリンだろ? 圏外ランクの俺には荷が重い気がするんだが……」

「冗談は妄想だけにしてよね」

「妄想は本気だぞ」

「尚悪いから!」


 実戦で確かめるとは、随分とスパルタじゃないか。そのままだとクラン崩壊の未来が見えるから、もう少しだけ仲間に優しく接してほしいものだね。


 ……しかし仕方あるまい。ここまで来たわけだから、今更逃げるのも違う。だとすれば、大人しく一戦交えるしかないか。


 レッドゴブリンはダンジョン内に生を受けると、己の体の感覚を確かめる素振りを見せる。


 実を言うと、生まれた瞬間に叩くのが最も効率のいい魔物狩りのスタイルなわけだが、それでは楓音が納得しないだろうし、何度でも繰り返すことになるだろう。

 俺としては、危険なダンジョン内には一秒でも長くいたくないし、早く家に帰って原稿に取り掛かりたい。昨日手に入れたお宝もまだ全部に目を通したわけじゃないからな。

 だから、ささっと倒すことにしよう。


「ねえ、本当に武器無しで戦うつもり?」


 楓音が不安そうに訊ねる。

 武器を持たない俺を心配しているらしい。


「あぁ、まだ言ってなかったか」


 俺は右手の人差し指で虚空に絵を描き始める。

 そして剣に見立てた大きなGペンを描き終えると、それを具現化してみせた。


「え⁉ ……そ、その能力って、なんなの?」

「前にお前が言ってただろ? これが俺の固有ユニーク能力スキルだよ」


 己の妄想に魔力を乗せて虚空に絵を描く。そしてそれを具現化して扱うことができる。それが俺の固有ユニーク能力スキルだ。


 早速とばかりに、レッドゴブリンとの距離を詰める。俺を敵と認識したのか、レッドゴブリンは遠慮なく地を蹴り、鋭い爪を以って俺に襲い掛かる。

 だが、その動きは直線的だ。


「一刺し、と」


 具現化したGペンの先端部を前に突き出し、レッドゴブリンを串刺しにしてみせる。

 あっさりと、レッドゴブリンは息絶えてしまった。


「これでいいか?」

「……う、うん。手際いいわね」

「一対一だし、これぐらいなら余裕だな」


 Gペンの具現化を解除すると、串刺しになっていたレッドゴブリンがドサリと地面に落ちた。二人だけだと魔石の回収も自分でしなければならないのが面倒だな。


「ひょっとして、あの拳銃も……具現化したものなの?」

「正解」

「やっぱり! あたしの目は間違ってなかったみたいね!」


 目の前でレッドゴブリンを倒してみせたことで、楓音は確信したのだろう。嬉々とした表情の彼女は……実に可愛らしかった。

 どれぐらい可愛いかというと、今すぐ携帯のカメラで写真を撮ってお気に入りボタンを押しておきたい程度には可愛かった。そして勿論、自重した。


「っ、新手ね」


 再び、魔素溜まりからレッドゴブリンが出現する。

 先ほどに続いて二体目も俺が倒すのかと思いきや、楓音が手を出して制してきた。


「次はあたしの番」


 随分と張り切っていらっしゃる。

 二度ほど覗き見しているが、間近で見るのはこれが初めてだからな。お手並み拝見といこうじゃないか。


 腕を組み、楓音の背中を見る。

 そして瞬き一つ。


「――ッ⁉」


 違う、瞬きすらしていない。

 確かにそこに楓音がいたはずなのに、いつの間にかその姿が視界から消えていた。


 どこに行ったのか。

 その答えは奥にある。


「……いつ、倒したんだ?」


 レッドゴブリンがいた場所に、楓音は立っていた。

 足元には、何らかの魔法攻撃を受けて爆ぜたレッドゴブリンの躯がある。


「今だけど?」


 スカートの裾に付いた埃を手で叩き、得意気な表情で返事をする。


「……お前、いや、……固有ユニーク能力スキル持ってたんだな」


 そりゃそうだとしか言いようがない。

 御剣楓音は探索者ランク十一位の上位ランカーだ。固有ユニーク能力スキルの一つぐらい持っていても不思議ではない。


「予想するに……転移系か?」

「大正解。あたしね、巷では“転移の天使”とか呼ばれてたんだけど、聞いたことない?」


 うわ、凄くダサい。

 でも鼻高々って感じで胸を張ってるから言わないでおこう。


「凄くダサいな」

「なっ⁉ 失礼ね!」


 ああダメだ、一秒も我慢できずに口に出してしまった。

 まあいいか、相手は楓音だし問題あるまい。


「転移の天使って……中二病かよ」

「ち、違うし! あたし、転移魔法を使って戦うから、探索者組合公認の二つ名として呼ばれるようになったのよ! テレビとか新聞とか雑誌とかどこかで一回ぐらい聞いたことあるでしょ?」

「無い。普段は原稿と睨めっこしてるからな」

「ぐうぅっ」


 その場に両手両膝をついて悔しがる。

 中二病の二つ名が広まっていないことがそんなに悲しかったのか。


「にしても、お前が天使か……」

「う、うるさいわね! 自分でも分かってるわよ、あたしに天使は似合わないってことぐらい! でも、自分で付けたんじゃないんだからね!」

「いや、ぴったりだと思うけどな」

「え」

「似合ってるし、実力も申し分無しだし、何より凄くカッコよかったぞ」

「そ、そう? ……まあ、あんたも結構カッコよかっ」

「でもさすがに転移の天使はダサいな」

「うるさい!」


 結局、その後も交代で魔物を倒して互いの力量を確認し合った。そして、


「……あんたさ、力隠してない?」

固有ユニーク能力スキルなら見せただろ」

「それはそうだけど、全力で戦ってないっていうか……」

「俺が全力を出すのは創作活動、つまりエロ漫画だけだ」

「つまり今は全力を出してないってことじゃない」


 そうとも言う。


「じゃあさ、あの時はどうなの? あたしを助けてくれたじゃない?」

「あれは運が良かっただけだからな」

「ふうん? 全力じゃなくてもあの強さってことね? 今日一日あんたと一緒に行動してみたけど、まだまだ底が知れないわね」


 いい方に解釈するな。


「今日はこの辺にして帰るか。さすがに疲れたぞ」


 肩を回し、首の骨を鳴らす。

 楓音と二人、今日だけでレッドゴブリンを三体に、赤石蟻を四体倒した。原稿を描く以外で疲れたくないのに、この疲労感は堪ったもんじゃない。


「そうね。もう夕方だし、そろそろお腹も空いたし……この魔石だけど、あたしの分もあんたにあげるわ」

「……何だと? 正気か?」

「金欠でしょ」

「うっ、……くっ、いや、施しは受けん!」


 思わぬ申し出に手が出そうになるが、ギリギリのところで耐える。

 本当は欲しいけど、女性の前では全力で強がる。俺という人間はなんて悲しい生き物なんだ。


「はぁ……強がらなくていいから。あんたがもやし生活してると、クランを組むあたしに負担がかかるし。それにほら、あんたにもさっさとランクを上げてほしいのよね」

「探索者ランクか?」

「ええ、だってあんた、まだ圏外でしょ?」

「ああ、だが俺はランクを上げるつもりはないぞ」

「どうしてよ」

「ランクが上がったら、ひと月の探索回数を増やさなくちゃならないからな」


 圏外は、月に最低一回は探索して成果を上げなければならない。しかし圏内になると月に一回では済まないし、それなりの成果を上げる必要が出てくる。そうなってしまえば原稿を描く暇が無くなってしまう。


「だから俺は圏外のままでいい」


 説明し、納得させる。

 楓音には悪いがこれが俺のやり方だからな。


「ってことで、その魔石はお前が提出してくれ。そして報酬だけくれ」

「あんたって、ほんとふざけてるわね」

「誉め言葉として受け取っておこう」

「クラン結成した日になんだけど、先行き不安で仕方ないわ……」


 呆れ顔の楓音は、それはもう深い溜息を吐いていた。


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