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【第十八話】すっぴん風メイクとは?

 話の種はコロコロと変わる。

 行き付けの定食屋の話から味付けの話に変わり、自炊の話が終わったかと思えば今度は「御剣楓音とゆかいな仲間たち」の初陣感想戦だ。


 まず、赤の門に潜る際に各々が準備した物を振り返る。

 最初から不要だと思った荷物は、予め探索者組合に預けておいたから問題ない。今回の場合で言うと、楓音が持っていた学生鞄が挙げられる。

 勉強道具が入っていると言っていたが、その中には俺がプレゼントしたエロ本が一冊混ざっている。


 対する俺は、ヒガコ荘から赤の門まですぐ行けることもあって、余計な物は何一つ持っていなかった。探索途中、休憩時に栄養補給する為に必要な携帯食料と飲み水ぐらいだな。


 必要だった物は次回以降も持っていくとして、明らかに不要な物も幾つかあった。


「楓音、お前が持ってたあれ……ちっさい袋のやつ」

「化粧ポーチ?」

「ああ、そうそう。それは邪魔だから省いて、携帯食料を代わりに持っていこう」


 ダンジョンを探索する上で、携帯食料は幾らあっても困らないからな。

 提案すると、途端に楓音は溜息を吐いてみせる。


「論外ね……。綴人、あんたは女性のことを何一つ理解してないわ」

「じゃあ聞くがな、ダンジョン内で化粧品が必要なシーンがあるか?」


 俺には全く思いつかない。

 だが、対する楓音は当然とばかりに頷いた。


「あんたは汗掻いても汚れてもそのままで平気かもしれないけど、あたしはそうじゃないの。ダンジョンの中でも清潔でいたいし、他の人に見られても恥ずかしくない状態でいたいのよ」

「他の人って、俺しかいないだろ」


 指摘して、いや待てよと気付く。

 これはあれか、楓音から俺に宛てたメッセージか。


「まさかお前、俺の為に……」

「はいはい、自意識過剰」


 軽く手であしらわれる。勿論、分かっていて言いました。しかしその返しは心に刺さるから止めていただきたい。


「ダンジョン内には他の探索者もいるでしょ? それにダンジョンの外に出た時とか、いつ誰に見られるかも分からないし」

「でもお前、今日は一回も使ってなかっただろ」

「それはそうよ。だって赤の門で苦戦なんてしないし……まあ、隠し通路の先があれば話は別だったんだけどね」


 さすがは探索者ランク十一位とでも言うべきか。赤の門に潜む魔物程度では汗一つ掻かないのだろう。

 しかしだ、そうなるとやはり化粧ポーチは無用の長物に他ならない。


「じゃあ俺の案を採用ってことで、化粧品の類は持ち込み不要でいいな?」

「……はぁ、そんな考え方でよく今まで漫画を描くことができたわね」


 本日何度目の溜息か数えていないので定かではないが、呆れ顔の楓音が俺と目を合わせて呟く。


「乙女心を一切理解してないのに、いつもどうやって女性キャラを描いてるのよ」

「そんなの決まってんだろ、妄想だよ妄想」


 妄想こそ力なり。

 妄想の中ではどんなことをしても自由だからな。


「綴人は知識が偏りすぎなのよ。もっと現実にも目を向けるべきね」

「いや無理だ。何故なら現実はカスだからな」

「そ、そんな力強く宣言しなくてもいいでしょ……」


 妄想するからこそ、俺はエロ漫画家として生きていくことができる。

 そして妄想を形にしたキャラクター達は、思うがままに行動してくれる。


 つまり何が言いたいのかと言うと、現実の女をそのまま漫画のキャラクターに反映したら、夢も希望もないってことだ。所詮、現実は妄想には勝てないからな。


 楓音の表情を見るに、どうやら困惑しているようだ。

 しかし安心するがいい。俺は至って真面目だ。妄想できるからこそ、俺は一応探索者としてもやっていけるのだからな。


「というかそもそも化粧してないだろ?」

「してるし。これ、すっぴん風だから」

「すっぴん風ってなんだよ、してるのかしてないのかどっちだ」

「してないように見えるけどしてるのよ」


 ダメだ、理解できない。

 すっぴんのように見せたければメイクなどしないですっぴんのままでいればいいだけの話だと思うが、何故わざわざメイクをしてまですっぴんに見せようとするのか。


「あんたがあたしを見てすっぴんだと思ったんなら、このメイクは大成功ってこと。分かった?」

「うん、分からん」


 童貞の俺には、これ以上は無理だ。考えることを放棄しよう。

 お手上げ状態の俺を見て、楓音は付け合わせの沢庵を一口。良い音が聞こえてくる。


 定食屋にて、その後も俺と楓音の二人だけの感想戦は続く。

 ダンジョンの探索方法然り、魔物対策然り、戦闘時における立ち回り方など、俺は初めてと言ってもいいほど深く話し込んだと思う。


 今までは月に一度、渋々潜るだけだった。それも日雇いバイトで護衛役をするだけだ。

 自分一人ならまだしも、誰かを守りながら魔物と対峙するのは実に厄介だ。それも採掘作業中に遭遇すると面倒極まりない。その場を動くこともできず、冷静に対処する必要があるから、例え危険度の低い魔物が相手だとしても油断することはできない。


 しかも、日雇いバイトは一期一会だ。

 山口不動産が例外なだけで、通常はその場限りでさよならする関係なので、今日の俺と楓音のように感想戦をすることはない。


 まあ、そもそもの話として、バイト代を貰ったらすぐ帰路に着く俺にも問題があるのかもしれないが、そこは置いておくとしよう。


 故に、楓音と二人で言葉を交わすこの時間は有意義だった。


「ねえ、知ってる? 赤石蟻って体長五十センチぐらいの個体もいるのよ」

「らしいな。実際に見たことはないが、魔石のサイズも通常より大きいだろうし金になりそうだ」

「すぐそうやってお金と結びつけるんだから」

「金があればほぼ全ての悩みを解決してくれるからな」


 金さえあれば、危険を冒してまでダンジョン探索をしなくても済むし、漫画の資料も買い放題だ。そして一日中原稿用紙と戦うことができる。


「しかしアレだな、今日改めて思ったことだが……楓音、お前想像以上に強いな」

「急になに? 褒めても何も出ないからね?」


 思わぬ台詞に楓音は目を丸くし、ゆるりと視線を逸らす。

 箸の先で沢庵を突いているが、どうやら先に続く言葉を待っているらしい。


「広場でレッドゴブリン二体をまとめて相手しただろ? あの時のお前の戦い方、凄くカッコよかったぞ」


 正直、美しいとさえ思った。

 ダンジョンに産み落とされる瞬間を狙えば楽に倒すことができるが、楓音はあえてそれをせず、レッドゴブリン二体が完璧に動けるようになってから戦闘を開始していた。


 レッドゴブリンは、通常のゴブリンよりも攻撃性が高く動きが速い。一対一でも危険な魔物だが、それを二体同時に相手するのは実力と覚悟が必要だ。

 だが、楓音はいとも簡単に退治してしまった。


 転移魔法を使いこなす楓音の戦闘方法は、目で追うのも困難で惚れ惚れするものだった。仮にも「転移の天使」というダサすぎる二つ名を持つだけのことはある。


「あんただって……か、カッコよかったと思うけど?」

「お前には負けるよ」

「だから、褒めても何もしてあげないってば」


 仮に、楓音と一対一で戦うことになれば、俺はあっさり負けてしまうだろう。妄想を具現化できる固有能力ユニークスキルは発動までが遅くて万能とは言い難いからな。


「いや、だからこそ気になるんだが、クランを作る必要あったのか?」


 楓音は探索者ランク十一位の高ランカーだ。俺に頼らずとも一人で魔物を倒すことができる。

 すると楓音は「何を今更言ってるの」と言葉を返す。


「ソロは死に直結するじゃない」


 楓音は、死を口にする。それは決して冗談ではない。

 幾つもの門を潜り、ダンジョンを探索してきたのだろう。そしてだからこそソロの危険性を理解している。


 そう言えば確か、やっと背中を任せられる人を見つけたとか言っていたっけ。

 死を回避する為に必要な仲間、それが俺ってわけか。


 とはいえまだ全幅の信頼があるわけではないだろう。「御剣楓音とゆかいな仲間たち」の本当の試練は、赤の門よりももっと危険度の高いダンジョンに潜る時に試される。


 そしてふと思ったことを口にした。


「……楓音は、俺と組むまでずっと一人だったのか」


 だが、聞いてすぐにやめておけばよかったと後悔する。


 なんだこれは、まるで元カレがいたのかと探りを入れているような感じじゃないか。女々しいにも程がある。これぞ童貞の思考か。


 別に俺は楓音に興味があるわけじゃない。だからこれはあくまでも日常会話の一環として聞いてみただけ、ただそれだけだ。

 といった感じで、頭の中で早口になりながら言い訳する時点で苦しすぎる。


「ううん。昔、ちょっとだけあるわ」

「……ふむ、なるほど」


 何がなるほどなのかと自問自答したい気分だね。

 とりあえず今のは忘れよう。忘却の彼方へと置き去るのがベストだ。


 元カレっぽい存在について詳しく聞くことなく、その後は黙々と飯を平らげた。

 ……うん。

 美味しかったはずのご飯の味が少し変わったのは何故かな。


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