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【第二十話】朗読プレイも有りだな

「今お茶を淹れるから、適当にしててくれ。気になる本があれば好きに読んでいいからな」

「ん……ありがと」

「因みに、エロ本はそっちの本棚だぞ」

「いちいち言わなくてもいいから!」


 と言いつつも、エロ棚に目を向けているのは何故かな。

 そう言えば中野ブロードウェイでも俺の描いたエロ本を買っていたよな。あれも読んだのだろうか。実に気になるが、しかしそれを訊ねたらセクハラで御用になりそうだから我慢だ。


 ……いやいや、冷静になれ俺。既にこの状況がアウトだろ。


 台所で二人分のお茶を淹れつつ、現役女子高生の姿を横目に確認してみる。

 エロ本が並べられた本棚には目を向けず、かといって普通の漫画本を読むわけでもなく、ソワソワとしている。落ち着かない様子だが、俺みたいな男の部屋に上がり込んで二人きりの状況なのだから当然と言えば当然か。


 ようやく動きが止まったかと思えば、薄っぺらい座布団の上に正座する。目の前には大きめの机が一つ。その上に置かれているのは、旧型のパソコン用のモニターが一台と、描きかけのネームが数枚。


「気になるか」

「え? あっ、まあ……それなりに?」


 声をかけると、びくりと反応する。

 そんなに驚かなくてもいいじゃないか。別にお前がエロ漫画を読もうがここで何をしようが俺は何も咎めたりしない。むしろウェルカムだ。


「読んでもいいぞ。エロシーンはまだだけどな」

「そ、そう? じゃあお言葉に甘えて……」


 そのネームはまだ誰にも見せたことがない。担当さんよりも先に拝むことができるのだ。その幸運に感謝するんだな。例えそのネームがエロ漫画だとしても。


「これ、ネームって言うのよね? 漫画になる前って、こんな感じなのね……」


 楓音はネームに目を通し、感心するかのように何度も頷いては捲っていく。


「あんたの本を、その……ちょっと読んでみたことはあるけど、ちゃんと一から話を考えて作ってるのね」

「それが俺の仕事だからな」


 しかし、よくよく考えたら女子高生をこんな時間に部屋へ連れ込んでいる時点で通報案件だよな。今この場に警察が来たら言い訳無用で即御用となるだろう。しかもエロ本を読んでもいいぞと勧めているし。そのエロ本には俺が描いたやつも含まれているし。


 どんなプレイだよ。強制読書プレイかよ。

 いや待て、それよりももっと興奮する方法を見つけたぞ。それは朗読プレイだ。

 俺が描いたエロ漫画の台詞や擬音を一言一句朗読してもらう。これぞまさに作者冥利に尽きるってものだ。


「……あ、でもこれ、話の展開が唐突すぎない? さっきまで普通に接してた男女がいきなりキスするとか」

「俺も担当さんに何度も言ったんだけどな、限られたページ数の中でエロを入れなきゃならないから、余計なシーンは省けと言われたよ」

「ふーん? そうなんだ……結構大変なのね」


 まあ、いずれ大人気エロ漫画家になったら、俺の好きな話を思う存分描かせてもらうつもりだ。というわけでお願いします担当さん、まずはこのネームを通してください。


「話の内容は置いといて、あんたも漫画家として頑張ってるってことが分かったわ」

「エロ漫画家な」

「拘るわね……」

「そこは譲れない。俺が描きたいのはエロい漫画だからな」

「だからって胸を張って言わないでよ」


 俺の手からお茶の入った湯飲みを受け取り、楓音が口を付ける。

 淹れたばかりで熱かったのか、眉を寄せて舌を出した。けれども緊張が解れてきたのか、正座を崩して座り直す。


「改めて思うけど、あんたの部屋って狭いよね。こうやったら壁と壁にくっつきそうだし」


 そう言って、楓音は両手を広げてみせる。


「お、ちょっとそのまま!」

「え? うん、別にいいけど……」


 疑問符を顔に浮かべながらも頷き、楓音は両手を伸ばしたままの体勢をキープする。おかげさまで胸を張るような姿を拝むことができた。これは早速スケッチするべきだろう。


「その大きさで制服のまま両手を広げるポーズを取ると……なるほど、素晴らしい。素晴らしいぞ、楓音……! お前は俺にとって最高のモデルだよ!」

「こ、このポーズ……そんなに参考になるの?」

「めちゃくちゃなる!」

「それならいいんだけど……」


 食い気味の俺に引き気味の楓音だが、それをエロいポーズとは微塵も思っていないらしい。とはいえ、やはりこの近距離で異性からジロジロと観察されるのは恥ずかしいのか、目が泳いでいるし、僅かながらに頬が染まりつつある。それがまたいい味を出している。


 この表情を引き出したのは俺だ。これは俺の手柄だ。しかし明日も見ることができるとは限らない。だとすれば、次なる一手に挑むか。


「……写真も撮っていいか?」

「ダメに決まってんでしょ」


 次なる一手、即お断りされてしまった。


「何故だ!」

「あんたさ、ただでさえ職質されそうな雰囲気なんだから、携帯の画像フォルダ見られたら一発でアウトよ?」

「ぐっ、……一理あるか」

「否定しないのが情けないけど、自分を客観的に見れてるみたいで安心したわ」


 悔しいが楓音の言い分は尤もだ。

 事実として、過去に何度か職質されたことがあるからな。楓音の写真を保存しておくのは危険すぎる。


「それにほら、写真に残しちゃうと……ここに来る理由もなくなっちゃうし」

「よし、次のポーズだ。手を下ろしていいぞ。ん? なんか怒ってるか?」

「怒ってないし」


 いやいや、絶対に怒っている。不機嫌オーラを身に纏っているぞ。

 しかし追及すると更に怒らせてしまいそうだから止めておこう。こんな機会は滅多にないからな。今はとにかく筆を走らせることに集中するべきだ。


 いや違うな。

 今後はダンジョン探索する度にモデルになってもらえるのか。


 ダンジョン探索は死と隣り合わせで危険極まりないが、その度に楓音を自由にできる権利を得たと考えれば……これぞまさにハイリスクハイリターンと言える。


 楓音よ、ありがとう!

 明らかにヤバい条件にホイホイと乗ってくれて心から感謝します!


「ゆっくりしてる場合じゃないし、さっさとやることやって頂戴」

「やることやって……か」

「顔が犯罪者っぽくなってるんだけど」

「気のせいだ」

「全然気のせいじゃないから!」


 いかんいかん、冷静になれ。

 これは仕事の一環だ。楓音と何かをするわけではない。


「せめて終電までには終わってよね」

「終電までやっていいってことか!」

「だからなんか違うのよね、あんたの言ってる意味と……」


 半ば諦めた様子の楓音は、湯飲みに手を伸ばして喉を潤す。


「……で、次はどんなポーズを取ればいいの」

「そうだな、一先ず両手を床についてくれるか」

「こんな感じ?」

「いいぞ。それから両足を上げて、でも少し曲げた状態をキープだ。そのままお尻を浮かせて……」

「う、くっ、難しい……んだけど」

「我慢だ。ヨガのレッスンだと思えば楽なもんだろう」

「これはヨガじゃないし、そうだとしても難しいことに変わりないってば……!」

「口は閉じる! そして両肘も床につけてみよう! ほら、早く!」

「うううっ、しんどい……」

「楓音! お前ならできる! 自分の可能性を信じろ!」

「くっ、こんなポーズで何を信じるってのよ……っ」

「そのまま! そのまま両脇で胸を挟んで……こう、そうそう! その体勢のまま暫くキープだ! いいな!」

「は、……恥ずかしすぎる」

「顔を伏せるな! お前の可愛い顔が羞恥に染まってこそなんだからな!」

「っ、かわ、か……ああもう、頭がおかしくなってくる……っ!」

「それでいい! どんどんおかしくなれ! そんなお前を俺は描きまくる! まずは真正面から……次は少し斜め、そして真横から……更に更に真後ろに回って――」

「やっぱ死ね!!!!」

「ッッッ」


 瞳に星が飛ぶ。

 そして次に目が覚めた時、俺の部屋に楓音の姿は無かった。


「……ふむ」


 ちょっとばかし、やりすぎた。

 反省。


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