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【第二十一話】クビになった者同士、仲良くすることにした

 翌日、十三時過ぎ。

 探索者組合のロビーにて、ソファに腰かけること一時間。


「……来ないな」


 待てど暮らせど楓音が来ない。

 確か待ち合わせ時間は正午だったはず。そして指定場所は探索者組合の中だから、ここにいれば合流できるだろうと高を括っていたのだが……全く現れない。何故だ。


「まさか、アレが原因か?」


 昨日、楓音にモデルになってもらったのが原因なのだろうか。

 違うか、いやそうとしか思えない。


 昨日の俺はさすがに興奮しすぎていた。楓音がどんなポーズでも取ってくれたせいで周りが見えなくなっていたからな。


 いつの間にか気を失ってた俺は、楓音が部屋からいなくなっていたことに気付いて深い溜息を吐いたものだ。


 ああ、残念だ。もっと慎重に行動すべきだった、と。


 そうだよ惜しかった。実に惜しかった。

 まさか楓音があそこまで言うことを聞いてくれるとは思わなかったからな。


 だが、加減が大事だということを忘れていた。押しつつ引いて、ゆっくりと焦らしながら攻めるべきだったのだ。


 もし、次回があるのであれば、今度こそ完璧な立ち回りで楓音をその気にさせてみせよう。それこそが、俺が売れっ子エロ漫画家になる為の近道なのだからな。


 まあ、そんなことはどうでもいい。

 待ち合わせ時間になっても楓音が姿を現さないということはつまり、俺は今日の予定をすっぽかされたということだ。


「くく……俺の貴重な時間を奪うとはいい度胸じゃないか」


 待機時間が勿体ない。

 原稿用紙を持ってくればよかったが、さすがに組合内部でエロ漫画を描くのは公序良俗に反する行為かな。

 いや、俺の描くエロ漫画は芸術作品といっても過言ではないから、風俗には該当しないはずだ。故にここで描いても問題ないわけだが、しかし人に見られながらだと集中し辛いからな。やはり部屋に引き籠って描く方が性に合っている。


 さて、すっぽかされたということは、今日のダンジョン探索は無しになるわけだ。

 いやいや、それどころか昨日の時点を以って「御剣楓音とゆかいな仲間たち」は自然消滅した可能性も否定できないな。


 まあ、それならそれでいいさ。楓音がモデル役を引き受けてくれるから了承しただけであって、元々あまり乗り気ではなかったからな。

 本来の形に戻ったまでのことだ。


 気を取り直し、ソファから立ち上がる。

 今日の正午締切のネームは、無事に提出することができた。午後の予定はダンジョン探索だったわけだし、せっかく探索者組合に足を運んだのだから、資料代と家賃代を稼ぎにでも行きますか。


 楓音本人がいないから受付には並ぶことになるだろうが、一応、探索者ランク十一位が所属するクランのメンバーだ。その恩恵に預かり、受付にも然程時間はかからないのではないかと思っている。


 日雇いバイトの内容についてだが……普段通り、探索者の護衛業務を受けるか。

 それとも楓音と受ける予定だった魔物の退治業務にしてみるか。


「……よし、護衛にしよう」


 なるべく危ない橋は渡らないこと。これが長生きする基本だ。

 ダンジョンに潜る時点で危険なことに変わりはないが、できる限り楽な道を選びたい。例え何度目だろうとも魔物と戦うのは緊張するし疲れるからな。お金を沢山稼ぐことができたとしても、疲労感が抜けず、原稿の進行具合に影響が出るのも厄介だ。


「次の方どうぞー」


 受付の列に並んでから暫くすると、俺の番が来た。

 探索者証を提示し、俺はクラン名を口にする。


「クラン名「御剣楓音とゆかいな仲間たち」のメンバーの茶川綴人です。今日はバイト希望なんですけど、護衛役に空きはありますか」

「「御剣楓音とゆかいな仲間たち」の茶川様ですね、いつもお世話になっております。お調べしますので少々お待ちください」


 山口不動産辺りが募集をかけていれば、そこにお邪魔したいところだ。報酬も多いし大所帯のクランだから危険度も低い。名刺も貰ったことだし、何なら直接交渉すればよかったかもしれないな。


「お待たせしました。こちらのクランが鉱物の採掘業務中ですが、直接合流の形でいかがでしょうか」

「じゃあそれでお願いします」

「畏まりました。ではこちらにご署名ください」


 やはり、あっさりと決まった。山口不動産ではなかったが、仕事がないよりはいいだろう。一人で魔物退治なんてしたくないからな。


 というわけで、例の如く誓約書に目を通さずサインをしようと思ったその時、視界の端に見知った姿を発見した。


 受付職員さんに少し待ってもらうように首を垂れると、俺は列を出てその人物の許へと歩み寄る。その子はロビー内をウロウロとしていた。


「こんにちは」

「えっ、……あ、はい。この前の……」

「茶川綴人だ。よろしく」


 急に声をかけられたことで、その子はびくりと肩を震わせる。

 俺と目を合わせるのは、昨日五人組のクランから追放された女の子だった。


「ちゃがわさん、はい。……ボク、奈木なきです。下谷内しもやうち、奈木って言います」


 ボクッ娘の名前は下谷内奈木というらしい。

 周囲を確認するが、あいつらの姿は見当たらない。ということは、クランから追放されたままなのだろう。


「今日は……一人?」

「はい。ボク、クビになったから」


 しょんぼりとした表情の女の子は、視線を床に落とす。

 落ち込み具合が見て取れるが、あいつらと同じクランにいるよりはソロの方がマシだと思う。


「そりゃよかったな」

「え」

「もっといい奴らを見つけて、クランを組み直すチャンスじゃないか」


 ポカンとした顔で俺と目を合わせる奈木は「そっか……」と小さく頷く。

 いつまでもあんな奴らの幻影に囚われたままなのは勿体ないからな。せっかく探索者になったのだから、こんなことでへこたれずに俺の分まで頑張ってほしいものだ。


「じゃあ、俺はバイトが入ってるから行くけど……一人であまり無理はしないようにな」

「あ」


 受付に戻るべく踵を返すが、背中越しに服を引っ張られた。

 再度振り返ると、奈木が俺の服を掴んでいた。


「どうした?」


 訊ねてみるが、返事がない。

 いや、正確には何を言うべきか迷っているという感じだろうか。口をもごもごと動かし、言葉として発する内容を吟味しているかのようだ。

 その様子を見て、俺はすぐに察する。


「今日、暇なら一緒に潜るか?」

「……!」


 一緒に潜る、つまりダンジョン探索をするということだ。

 このまま放置するのも後味が悪いし、それに何より奈木が追放されたのは俺と楓音の責任でもある。


 新しいクランが見つかるまでとは言わないが、せめて今日ぐらいは手を貸してもいいだろう。だから俺は奈木を誘ってみた。すると、


「行く。行きます」

「決まりだな」


 コクコクと頭を動かし、同意してくれた。

 今ここに、恐らくはクランが自然消滅するであろう俺と、クランを追放された奈木による即席パーティーが完成した。


「よし、だったらバイト内容を変えないとな」


 奈木を連れて受付職員の許へと急ぐ。誓約書に署名する前でよかったよ。

 俺一人なら護衛役で何ら問題ないが、奈木と一緒にダンジョン探索するなら話は別だ。せっかくだから、今回は魔物の退治業務で赤の門に潜ることにしよう。


 そしてさらばだ、御剣楓音!

 お前と過ごしたあの濃厚で濃密なエロい日々は忘れない!

 俺の部屋で披露してくれたあのポーズは脳裏にしっかりと焼き付けておいたから、後は自由に学生生活を謳歌してくれたまえ!


 ……そう言えば、楓音っていつも制服を着ていたが、学校には通っているのだろうか。スクールカーストは無さそうな口ぶりだったが、そもそも探索業務が忙しすぎて通っていなかったりしてな。


 まあ、今の俺にはどうでもいいことだ。

 今日は丸一日、奈木の護衛役を務めることにしよう。


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