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【第二十二話】伸びしろの塊だよこの子

 ボクッ娘の下谷内奈木と共に赤の門に潜ってから、凡そ一時間。

 他の探索者と擦れ違い、挨拶を交わしながらも、ダンジョン内の探索を続けていた。


 遭遇した魔物は赤鼠が二匹と、レッドゴブリン一体のみ。

 ダンジョンボスが倒されたわけではないが、赤の門自体が既に終わったダンジョンということもあって、魔物の数も多くはない。ダンジョンが魔物を産み落とす速度もそれほど早くはないので、魔物退治するのもある意味一苦労だった。


 俺としてはその方が怪我もしないで済むし嬉しい限りなのだが、今回は奈木と二人で潜っているからな。次のクランがすんなりと決まる為にも、奈木には魔物退治に慣れておいてほしかった。


 奈木については、探索者としての筋はいい。あいつらにクランを追放されたのは事実だが、実際のところ、一探索者としての腕前が悪いわけではなかった。

 今回一緒にダンジョン探索してみて気付いたことだが、奈木には奈木の役割があり、あいつらはそれを上手く活用できなかっただけだ。


 奈木が得意とするのは、主に防御魔法の類だ。魔物との戦闘時、攻撃役の探索者の防御力を上昇させることができる。

 試しに初歩の防御魔法をかけてもらったが、しっかりと効果が出ている。ダンジョン内の土壁に軽めのグーパンを放ってみるが、俺の手には怪我一つ見当たらないし全く痛くなかった。その一方、土壁は少し崩れていた。これは案外攻撃にも使えると内心思ったほどだ。


 一見すると攻撃の手段がほぼ皆無なので魔物退治することは難しいように思えるが、これを利用すれば奈木一人でも戦えるのではないかと考えた。それが可能であれば、攻撃役を務める探索者が仲間にいなくとも問題ない。


 実際に、まずは赤鼠を相手に試してみた。

 赤の門に潜む魔物の中でも、赤鼠は危険度の低い魔物に位置付けられている。率先して攻撃してくるようなことはせず、すぐに逃げてしまうからだ。


 ただ、行き止まりの先に潜んでいる場合はその限りではない。人間という壁を突破する為に全力で走り抜けようとする。鼠の魔物故に個体も小さく、動きもすばしっこいので、こちらの攻撃を当てるだけでも苦労するかもしれない。


 更に付け加えるならば、こちら側があまり強そうに見えない場合、逃げずに攻撃してくることもある。


 そして今回、俺と奈木が遭遇した赤鼠二匹は、どちらも襲い掛かってきた。

 奈木一人ならともかく、俺を見ても楽勝だと思われてしまったのだろう。しかしこちらとしても好都合だ。探索者としてまだ慣れていない奈木の特訓がてら、出会い頭の一匹をまず俺が相手する。


 距離を詰めたかと思うと、赤鼠は思い切りジャンプする。狙うは俺の顔面だ。しかしその軌道は真っ直ぐなので、慎重に対処する。

 いつかの時と同じく具現化したGペンの先端部で赤鼠を一突きにしてみせた。


「す、すごい……です」


 串刺しになった赤鼠を見せると、奈木が声を漏らす。

 怖がる様子はなく、逆に目を輝かせて赤鼠を見ていた。


「ちゃがわさん、さすがです」


 いや、赤鼠じゃなくて俺を見ていた。


「じゃあ、もし次も赤鼠が出たら、今度は奈木が戦ってみるか」

「ボク一人で……できるかな」

「安心しろ、お前の防御魔法があれば赤鼠の攻撃なんて屁でもない」

「……そっか。頑張ってみます」


 言われるがままに頷き、奈木は辺りをキョロキョロする。それから暫く探索していくと、二匹目の赤鼠を発見した。


 例の如く、その個体は俺達のことを格下認定したのだろう。逃げることなく真正面から襲い掛かってきた。……二度続けて、俺に。そんなに俺って弱く見えるか?


「っ」


 だが赤鼠が俺の顔に飛び掛かる前に奈木が間に割り込むと、左右の手の平を開いて受け止める形を取ってみせる。


「……おっ、上手くいったな」


 奈木の背中越しに、前を確認してみる。

 飛び掛かってきたはずの赤鼠は地面に転がりのびていた。


 奈木が試したのは、左右の手に防御魔法を掛けることだ。

 他の部位に攻撃を受けたら一溜りもなかっただろうが、その軌道を予測できるのであれば話は簡単だ。


 赤鼠は顔に飛びつく習性がある。それを知っていたから、後は俺か奈木のどちらかの顔さえガードできれば大丈夫だと考えたのだ。


 結果も上手くいった。

 赤鼠が飛びついたのは俺の顔で、奈木はそれを両手で防いだ。しかもその両手にはしっかりと防御魔法が掛けられていたので、そこら辺の土壁よりも明らかに固くなっている。


 故に、赤鼠は返り討ちに遭ってのびる羽目になった。


「まだ……動いてます」

「気絶してるだけだからな。このままだとすぐに目を覚ますし、今の中に止めを刺さないとダメだぞ。魔物とはいえ息の根を止める行為は辛いかもしれないが、これも探索者としての務めで――」

「えい」


 ブチュッ、と。

 赤鼠が潰れる音が響いた。


「踏みました。……死んだ?」

「お、……おお、そう……そうだな。偉いぞ」


 何この子、怖いんですけど。

 躊躇とか一切しなかったんですけど。


「上手くできた。ふふ」


 でも俺に褒められてご満悦の表情は年相応の可愛らしさに溢れているので、何とも言い難い。しかしまあ、これを機に魔物退治に慣れてもらえれば幸いだ。探索者としては伸びしろの塊でしかないね。


 で、その後のレッドゴブリンの不規則な動きに苦戦しつつも防御魔法でカッチカチに固めた状態で反撃を繰り返し、奈木一人で完封するところまで見届けると、それから休憩を挟みながら二時間近く探索を続けた。


「……よし、そろそろ戻るか」


 せっかくなので隠し通路の広場に行ってみたが、タイミングが悪かったのだろう。ダンジョンが魔物を産み落とすことはなく、不発に終わった。


 とはいえ、この数時間で探索者としての奈木の腕は初心者レベルを卒業したと思う。今後は奈木が思い描く探索者像を目指して頑張ってもらいたい。


「もう? ボク、まだできます」


 俺の台詞に反抗するように、奈木が声を上げる。

 勿論頑張るのはいいことだが、やりすぎは体に毒だからな。俺も一日に五度の自家発電に挑戦した際、最後は死にそうになった経験がある。


「腹も減っただろ?」

「減ってないです。全然」

「俺はもう腹ペコだぞ」

「……じゃあ、帰ります」


 腹具合を理由に説得すると、渋々ながらも頷いてくれた。これでようやくお役御免だ。家に帰ったら昨日の楓音を思い出しながら自家発電でもしようじゃないか。


「ストップ、誰か来る」


 だが、帰り支度を終えて広場から通常ルートに戻る際の出来事だった。

 奈木を手で制し、その場に留める。そして足音の響く先へと視線を向けた。


 今、俺達がいる場所は隠し通路の先にある広場だ。この場所は、高ランカーを除いて探索許可が下りていない。じゃあ俺と奈木もダメだろうって話になるが、そこはアレだ、現役女子高生で探索者ランク十一位の御剣楓音様のお名前を借りているからに他ならない。


 探索者組合でも確認したが、今の俺はまだ「御剣楓音とゆかいな仲間たち」のメンバーだ。

 本来であれば、探索者ランク圏外の俺には許可が下りないだろう。しかしクラン単位であれば下りてしまう。規則の穴を突いた形だな。


 だからこそ、疑問が残る。


 ここは赤の門であり、既に終わったダンジョンだ。

 探索に来るのは初心者が主で、後は採掘目当てのクランがちらほらといるぐらいだ。


 つまり何が言いたいのかというと、赤の門に高ランカーが来ることは滅多にないってことだ。


 前回、隠し通路が発見された時はお祭り騒ぎのようなものだったので、アレは例外枠と言えるだろう。

 その隠し通路に関しても、今俺達がいるこの広場で行き止まりであることはテレビやネットでも報告されていた。その情報源は隠し通路の発見者である楓音になっているけども。


 隠し通路の先には何もない。

 数日程、探索者組合の探索専門職員や高ランカーが潜って徹底的に調べたらしいが、結局行き止まりという結論に至っている。

 故に、現在の赤の門は落ち着きを取り戻していた。


 では、この足音の主は何者なのか。


 隠し通路と知らずに迷い込んだ初心者だろうか。それとも探索者組合に内緒で侵入を試みた不届き者か。もしくは嫌な予感が的中しているのか……。

 考えなくとも、すぐ理解する。


「……おぉ? ネズミを二匹はっけ~ん!」


 足音を響かせ俺達の前に姿を現した人物。

 そいつは軽い口調で俺達を鼠と称し、獲物でも見つけたと言わんばかりに、酷く嬉しそうに口の端を上げてみせた。


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