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【第二十三話】新手のナンパ師が現れた!

「カップル? ひょっとしなくてもカップルかい?」


 コンビニの前でたむろするのが生き甲斐の不良中学生みたいな台詞で煽ってくる輩は、パッと見で日本人ではないことが分かる。


 恐らく地毛の金髪に高身長と整った顔立ちを惜しげもなく披露し、更には細身ながらもしっかりと鍛えられた筋肉がどうですかと主張しているのが癪に障る。年がら年中、ボロアパートに引き籠りっ放しの俺とは実に対照的な存在と言えるだろう。


 外人補正が入っているのは確かだが、はっきり言ってイケメンだ。クソが。イケメン死すべし。多分、歳は俺よりも一回り以上は高いような気がするが、アジア系じゃないからいまいち判断が付かない。


 そんな輩が、俺と奈木に質問をぶつける。

 お前らはカップルなのか、と。


「……」


 この馬鹿がっ!

 んなわけあるか!


 ボクッ娘の奈木が可愛い女の子なのは、見れば誰だって分かる。

 だがな、気付け。

 奈木はまだ子供だ!

 俺は変態紳士だが、ロリコンではない。断じて違う。


 ……うん。楓音を相手に妄想しまくった男が何を抜かしていやがるのやら。


 とにかく、誰が何と言おうが俺はロリコンではない。

 故に、奈木をエロい目で見ることはないし、欲情するようなことは決してないと断言しよう。あと数年経てば別かもしれないがな。


「行くぞ、奈木」


 この手の輩は無視するに限る。返事をしたら調子に乗るからな。

 しかしながらこの輩は、年齢=童貞の俺には信じられないほどの速さで奈木の前へと距離を詰めて口を動かす。


「へえ~、奈木ちゃんって言うんだ? 今何歳? ってかどこ住み? このモヤシ君と付き合ってんの? まあ付き合ってても関係ないんだけどさ、よかったら今から俺と探索しない?」


 実際の動きが速いのは言わずもがな、しかしそれ以上に出会って五秒程度で口説こうとする精神が俺には理解できない。というか新手のナンパ師か何かか。


 俺自身、妄想が暴走すると我ながら気持ち悪い部類だとは思っている。がしかし、こいつはそれ以上に受け付けない。生理的に嫌いなタイプの人間だ。

 同族嫌悪ではなく、相容れない同士だからこそって感じだな。


「モヤシ君に遠慮しないでさ~、俺と一緒にここで気持ちいいことしちゃおうよ。ほら、……っと?」


 奈木の返事を待たず、ナンパ野郎は己のペースで話を進めていく。その調子のまま、困った奈木の体に触ろうと手を伸ばし、その手を握った。……俺が。


「……へい、なんだ? 俺は男と握手するのは趣味じゃないんだけどな~」


 すぐに手を離し、ナンパ野郎は俺達との距離を取る。

 その姿を注視しながら俺は手を床について軽く撫でると、土の付いた手の平をズボンの横で叩いた。


「おいおい、モヤシ君。いったい何をしてるんだ?」

「見れば分かるだろ。手を拭いたんだよ」


 だって汚いし。

 こんな奴と手を繋いでそのままでいろとか無理だろ。

 ここはダンジョン内で石鹸やハンドソープなんて無いからな。だとすれば、俺の手にこびり付いた嫌悪感を落とす為には、土を利用する他に道はない。


「……へい、それは俺に対する挑発かい?」

「まさか、そんなつもりは微塵もない」


 両手を大げさに振って言葉を返す。

 けれどもこちらの言い分を伝える為には必要な行為だったと思う。そうじゃなければ、奈木はあのままナンパ野郎に連れ去られる可能性があったからな。


 ……まあ、正直言うと百パーセント挑発行為なんだけどな!

 この世に巣食うナンパ野郎は全員死すべし!


「だが、あんたも探索者の端くれなら、禁止事項は理解してるはずだ」

「禁止事項ねえ……それって探索者同士での小競り合いはするな~、とかそういうやつのことを言ってる?」


 探索者には共通の敵がいる。それは魔物だ。探索者同士が命の取り合いを始めてしまえば、それこそ取り返しの付かない事態へと発展するだろう。


「でも俺は可愛い子ちゃんに声をかけただけなんだけどな~」

「それも禁止事項だ。誓約書を読んでないのか」

「おぅ、真面目に目を通したことないから初耳だね」


 今では当たり前のように読み飛ばしてしまう俺でも、一度はしっかりと目を通したことがある。そこには挨拶を除いて不要な声かけ禁止との記載があったはずだ。


「でも困ったな~、それが事実なら俺は今後どうやって女の子と出会えばいいんだい?」

「ダンジョンの外でやってくれ。っていうか日本語上手いな」


 意思疎通ができる程度どころか、日常会話の更に先の段階までこなしている。

 見た目に反して、実は意外と勉強熱心だったりするのだろうか。


「へい、ここは日本だろ? 日本で女の子と出会うなら必須スキルさ」


 否、違った。こいつはそれが当然とでも言いたげなリアクションを取ってみせる。さすがはナンパ野郎だ。女の子と出会う為だけに日本語をマスターして来日するとはな。


「とにかく、この子は俺の預かりなんだ。だから手を引いてもらえると有り難い」

「預かり? じゃあ付き合ってないってことか~」


 ふーん、と頷き、ナンパ野郎は俺と奈木の顔を交互に見る。

 人を値踏みするような視線を前に、奈木は俺の背に隠れた。


「お~い、奈木ちゃん? こっち向きなよ? 隠れてたら可愛い顔が見えないんだけどな~?」


 しつこい奴だな、さっさと諦めろ。

 これだからナンパ野郎は嫌いなんだよ。


「いい加減に――」

「無理です」


 何度言っても聞く耳持たないナンパ野郎に対し、俺もさすがに堪忍袋の緒が切れそうになっていた。だから少し声のトーンを上げて返事をしようとしたわけだが……。


「貴方の顔、精神的に受け付けません」


 ひょこりと顔を覗かせ、奈木がナンパ野郎を睨んだまま言い捨てる。


「ん~、聞き間違いかな? 俺ってかなりイケメンな部類に入ると思うんだけどな~」

「じゃあもう一回言います。その顔、タイプじゃないです。声もキモイです。全体的にグロいです。虫唾が走るから近寄って欲しくありません」

「……」


 目の錯覚かな?

 ナンパ野郎が泣きそうになっている。


「な、奈木ちゃんは、まだ子供だもんな~? だから俺の良いところが分かんないってこと……だよね?」

「人生一度やり直すことをお勧めします」


 辛辣すぎるっ!

 この子、こんなに敵意むき出しにする子だったっけ?


 ガックリと肩を落とすナンパ野郎を見て、僅かに……僅かながらに同情してしまう。

 同じ男として、強く生きろ。


「……あ~、はいはい。分かりましたよ。そんなに怖がられちゃ俺も手を出し難いし? ってか別に女には困ってないし? だからまあいいさ」


 肩を竦めて溜息を漏らす。どうやら見逃してくれるらしい。

 魔物ではなく、人間を相手に一戦交えるのは避けたかったので、この結果には俺としても一安心だ。

 と思ったのも束の間、


「まあ精々、俺に靡かなかったことを後悔しないといいけどね~? ほら、こんな風に?」

「――くっ」


 一瞬、本当に一瞬の出来事だった。

 新たに呼吸する間もなく、赤い玉のようなものが俺の顔に狙いを定めて……違う、俺の後ろに隠れる奈木の顔を目掛けて飛んできた。


 寸でのところで右手を動かし、ナンパ野郎の傍から放たれた赤い玉を反射的に掴み取る。


「あっ、つ」

「そりゃそうさ、火の塊だからね」


 一切悪びれた様子もなく、ナンパ野郎が口を開く。

 なるほど、こいつが投げてきたのは火の塊……つまり火の攻撃魔法か。


「それにしても中々の反射神経じゃないか? ノールックで撃ったのに、まさかキャッチされるとは思わなかったよ。モヤシ君って実はランカーだったりする? するよね? だってここ、ランカーしか入れない場所だしさ~」


 知っていたんだな。

 でも、そんなことはどうでもいい。


「……怪我したらどう責任取るつもりだ」

「怪我? いやいやモヤシ君の手は何処からどう見ても火傷してるよね?」

「屑が」


 問い掛け、相手の台詞を耳にする。そして俺は言い捨てた。


「屑って、俺に言ってる? それって絶対挑発行為だよね? 何されるか分からないし正当防衛しちゃっても文句言わないでほしいかな~、なんて」

「御託はいいんだよ」


 痛みはある。けれどもそれだけだ。

 火傷した右手を脱力し、代わりに左手を肩の高さまで上げて指先を動かす。


「俺とヤリたいんだろ? さっさとかかってこい」


 後悔しても遅いぞ。

 変態紳士で童貞のこの俺が、ナンパ野郎を相手にみっちりと仕込んでやるよ。


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