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【第二十四話】これもある意味初体験な件について

「せっかくのお楽しみなんだからさ~、そう焦ったら勿体ないよ、モヤシ君?」


 両手を広げて肩を竦めるナンパ野郎は、ケラケラと笑う。

 しかしもう、油断はしない。俺はナンパ野郎の一挙手一投足に目を光らせる。


「そうだね~、まずは自己紹介から始めるかい?」


 今し方、こいつは魔法で火の塊を作り上げると、それを俺ではなく奈木の顔目掛けて投げ付けやがった。奈木に対するナンパが上手くいかなかった腹いせのつもりなのかもしれない。


 だが、それにしても度が過ぎている。もし直撃していたら、奈木は顔に火傷を負うことになっていた。


「奈木。少しの間、後ろに下がっててくれ」

「戦うなら、ボクも手伝う。ちゃがわさんに防御魔法かけるよ」

「そりゃ有り難いが、奈木は自分が怪我しないことを第一に考えとけ」

「でも」

「可愛い顔に傷でも付いたら困るだろ?」

「……ちゃがわさん、困るんですか」

「ああ、そうだ」


 ん?

 なんか今の俺が困るみたいになってないか。


「……分かった。下がります」

「おお? ありがとな」


 奈木は広場の端へと避難した。聞き分けのいい子で助かるよ。

 これでナンパ野郎との一対一に集中することができる。


「俺の名前はエルド。年は二十九で、生粋のアメリカ人さ。あっちだとライバルが多くて目立てなかったから日本に来てみたんだけどさ~、それが大正解! 有名クランに誘われてランクも一気に上がってモテすぎて困るんだよね~」

「モテるならナンパの必要ないだろ」

「チッチッチ、これだからモヤシ君はモテないのさ。例えどれほどモテようとも、その環境に満足したら成長が止まってしまうからね。だから俺は今も継続してナンパに精を出してるのさ。モテる男の美学、理解できたかい?」

「ああ。お前がいけ好かない屑だってことがな」

「OK、さっさと死のうか、君」


 言葉を交わすのもそこそこに、ナンパ野郎改めエルドは腰を低くして戦闘態勢を取る。

 漏れ出る殺気から察するに、こいつは小競り合い程度で済ませるつもりは無いらしい。無論、俺もそのつもりだ。完膚なきまでにお灸をすえてやる。


「まずはお手並み拝見させてもらうよ」


 そう言うと、エルドは両の掌に一瞬で火の塊を作り出す。

 そして両手を前へと突き出し、勢いよく放出する。前回の狙いは奈木だったが、今回は二つ共に俺がターゲットのようだ。


「トロいな」


 一つずつではなく、二つまとめて飛んでくる火の塊は、直撃すれば一溜りもないだろう。奈木の防御魔法で守りを固めていれば真っ向から迎え撃つこともできたかもしれないが、奈木は遥か後方で待機中だ。


 故に、俺は避ける選択肢を取る。


「……おや? なんだよ、今の動きは? ひょっとして動体視力良い系かい?」


 火の塊の軌道を見極め、俺は半歩動いてそれらを避ける。

 標的を追い越した火の塊は、そのまま土壁へとぶつかり消滅した。


「んじゃあ、今度は倍にしてみるから避けてみせてくれよ? ほら!」


 言葉の通り、エルドは火の塊を二つ作り上げて放出してみせると、すぐさま新たな火の塊を作り上げて連射の形を取る。タイムラグはあるが脅威が倍になったことは確かだ。しかし、おかげで判明したことが一つ。


「……チッ、また避けるとはね~」


 四発分の火の塊をゆらゆらと避ける俺の姿を見て、エルドは舌打ちする。数を倍にしても掠りもしないことに対し、内心イラついているのだろう。先ほどまでは余裕そうに見えていた表情も、段々と険しくなっていく。


「火遊びは御終いか? 案外大したことないんだな」


 二度の攻撃を受けたことで、俺はエルドが一度に二発しか火の塊を作れないことに気付いた。勿論、瞬時に作り上げることができるから連射しているようにも見えるが、実際はそうではない。毎回二秒から三秒程のタイムラグがある。


 一度に二発しか出せないと判明すれば、避けるのは造作もない。相手はエルド一人なのだから、追撃が来ることは絶対にないと分かっているからな。

 故に、一度目を避けた後も落ち着いて対処することが可能だ。


「その台詞、後悔させてあげよう! ほらほらほらほら!」


 見切られているとも知らずに、エルドは両手に火の塊を作り上げては放出し、それを繰り返して俺を追い詰めようと試みる。

 だが残念かな、それら全てが標的を見失って土壁に着弾していた。

 ホーミング機能でもあれば一転して脅威と成り得るのだろうが、この様子だとそれもなさそうだ。


 このまま避け続けながら魔力が切れるのを待ち、一発も当たらず絶望し、魔力が枯渇したところを叩くのも悪くない。

 但し、その状態まで待つのも面倒だ。奈木が一緒にいるわけだからな。さっさと倒してダンジョンの外に出てしまおう。


 そう思って俺は一歩前に出る。

 そして足を止めた。二歩目を出す前に、ソレに気付いたからだ。


「……エルド、お前正気か?」


 火の塊が一発も当たらないことに痺れを切らしたのだろう。

 頭に血が上ったかのような表情を浮かべるエルドは、己の背に手を回すと、そこに携えてある大剣を勢いよく引き抜いた。


「避ける方が悪いんだよ、だから全部君の責任さ」


 ブツブツと呟くエルドは、大剣の柄を両手で握り締め、自身の魔力を流し込んでいく。するとエルドの魔力が付与された大剣は赤々と燃え始めた。


「だからほら、今度は逃げ場を失くしてあげるから、ちゃんと死んでおくれよ?」


 エルドの魔力を付与され続けた結果、その大剣は恐ろしさを増していた。

 もし、エルドがこの場で大剣を一振りしたならば、俺と奈木は間違いなく死に至るだろう。あの魔力量から予測するに、恐らくは避ける場所もない。だからと言って奈木の防御魔法で受け切ることもできない。

 では、どうする?


「っ、――ッ!」


 そりゃ勿論、決まっている。

 魔力を溜めに溜めた一振りを放たれる前に、先手必勝で叩くに限る。


 内心あたふたしながらも通常サイズのGペンを具現化した俺は、例に漏れずホーミング機能を付与すると、それを思い切りぶん投げた。


 Gペンで狙うはエルドの右肩だ。

 直撃すれば大剣を落として不発に終わるであろうと考えた末の投擲だった。だが、


「ファ○ク!」


 俺の攻撃が見えていたのだろう。

 汚い言葉を吐き、エルドはGペンを弾き落とそうと大剣を盾にする。


 それがいけなかった。


「――エルッ」


 ナンパ野郎の名前を呼ぶ前に、俺は後方へと吹き飛ばされた。盾代わりの大剣にGペンが突き刺さり、付与され続けたエルドの魔力が一気に漏れ出たのだ。


 それは、大剣の一振りが放つ威力には到底敵わないだろう。

 だがそれは、大剣の主一人の命を奪うには十分な量の魔力だった。


「っ、……奈木、無事か?」

「うん、平気。ちゃがわさんは……生きてます?」

「ああ。生きてる」


 予め防御魔法を掛けていたのか、奈木は掠り傷程度で済んだらしい。

 一方の俺は、土壁に強打したせいで全身が痛みを訴えている。骨折はしていないと思いたい。打撲で済みますようにお願いします。


 隠し通路の広場は、エルドの魔力が込められた大剣が暴発したことで土埃だらけだ。

 時間が経つのを待ち、落ち着いて呼吸ができるようになると、俺はエルドがいたであろう場所へと目を向ける。

 そして、ソレを見た。


「――……マジか」


 つい、声が漏れる。

 意識せずとも漏れ出てしまう。


 それもそのはず、先ほどまでエルドが立っていたはずの場所には、真っ二つに折れた大剣が一つ。それに加えて……。


「その人、死んでます?」


 俺の肩に手をかけて、奈木が問い掛ける。

 その質問に対し、俺は小さく頷いた。


 もう、取り返しは付かない。

 真っ二つに折れた大剣の傍には、全身黒焦げになったエルドが倒れている。それはピクリとも動かない。声を掛けずとも理解することができる。


「……死んでるな」


 この日。

 俺は初めて、魔物ではなく人を殺した。


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