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【第二十五話】水と油ですかそうですか

「ちゃがわさん。平気です?」

「あ、……っ、すまない」


 声を掛けられ、思わず謝る。

 相手は……奈木だ。そうだった、ここには奈木がいた。俺と一緒に赤の門に潜ってダンジョン探索をしていたのを思い出す。

 目の前の光景に、どうやら意識が飛んでしまっていたようだ。


 冷静になれ。

 呼吸を整えろ。


 視界が晴れた広場の中央で、小さく深呼吸をする。

 今もなお心臓が飛び跳ね続けているが、徐々に落ち着きを取り戻す。


「エルド……確かアメリカ人で、二十九歳だったよな」


 己の魔力の暴発に巻き込まれる形で死亡したナンパ野郎の名前を口にする。あの様子だと探索者証も使い物にならないだろう。故に、今俺が知っているエルドに関する情報だけでも忘れずに覚える必要がある。


 何故ならば、探索者組合に報告する義務があるからだ。


 通常、ダンジョン内で探索者が死に至った場合、可能であればその人物の探索者証を持ち帰り、経緯を伝えなければならない。例えそれが同じクランのメンバーではなく、ソロの探索者であったとしても、見逃してはならない。規則だからだ。


 これから俺は、奈木と共に赤の門の外に出るだろう。

 そして探索者組合に足を運び、受付職員に伝えることになる。


 隠し通路の先にある広場にて、エルドと言う名の探索者と交戦し、殺めてしまいました、と。


 考えただけでも息が詰まる。

 不可抗力とはいえ、それを知るのは俺と奈木だけだ。受付職員が信じてくれるか否か分からない。


 エルドの死の報告後、俺の身柄はどうなるのか。

 捕まってしまうのだろうか。俺の頭の中は不安で渦巻いている。とその時、


「行こう? ボクが証言します」


 人を殺めてしまったことに動揺する俺を見かねたのか、それとも心配してくれたのか、奈木が手を握ってくれた。


「……俺より肝が据わってるな」


 その手を、俺は強く握り返す。今ここでウジウジしていても時間の無駄だ。

 もし仮に捕まるようなことになれば、今日提出したネームはボツ決定だが、逆にもっといい話を描く時間を得られたと思えばいいだろう。


 そして俺と奈木は、今度こそ来た道を一歩ずつ確実に進んでいき、太陽の光が支配する場所へと戻った。


     ※


「――あ、出てきた」

「っ、楓音……なんでここに?」


 赤の門から地上に出ると、早速声を掛けられた。

 声の主は勿論、我らがクランのリーダー、御剣楓音その人だ。


「なんでって、組合の人に聞いたからに決まってるでしょ? あんたがあたしを置いて勝手に潜ったって聞いたから、ここでずっと待ってたんじゃない」


 まさか、俺が奈木とダンジョン内で探索している間中、待っていたのか。


「いや、だけど待ち合わせ時間になっても来なかったから、俺はてっきりクラン解散したのかと思ってだな……」

「解散? 話が飛躍しすぎでしょ。どうしてクランを解散しなくちゃならないのよ? やっと見つけたあんたを、その、そう簡単に手放すわけないでしょ」


 常々、楓音は背中を任せられる人を探していた。

 そしてその相手役に、この俺が選ばれたことを思い出す。


「じゃあなんで遅れたんだよ? そもそもそれが原因で俺は勘違いしたんだぞ」

「うっ、それはその……」


 言葉に詰まり、目を泳がせる。

 俺に伝えるべきことがあるのだろうが、口にするのが恥ずかしいといった顔だ。


 けれども意を決したのか、真っ直ぐに俺と目を合わせて……まるで親の仇でも見るかのような目つきで口を開く。


「も、モデルのこと!」

「モデルの……? それが何だって言うんだ」

「っ、あんたのモデル……してもいい! けど! ……は、裸とかっ、下着姿とか! 水着も! あと、あたしがエッチだと思ったポーズを強要するのも禁止だから! いいわね、分かった⁉」


 周囲には俺達の他にも人がいる。

 にもかかわらず、結構な大声で言ってのける楓音さん。マジパネーッス。


「……楓音、お前って……口は悪いし結構すぐ殴るけど、案外いい奴だな」

「っ、あんた今さ、物凄く失礼なこと言ってるって理解してる?」

「ああ、してる。その上で言ってるんだ」


 昨日振りに見慣れた顔を拝むことができて、俺は嬉しくなる。ついつい軽口が出てしまうのは、やはり楓音が相手だからだろうな。でも、


「ところで……あんたさ、何かあった? 顔色悪いみたいだけど」


 いつもの俺とは何かが違う。

 その事実に、楓音はすぐ気付いたらしい。


「ああ。ちょっと人を殺しちまってな」

「ふうん? ……え?」


 何でもないことのように告げると、楓音は俺の顔を二度見する。


「待ちなさい、あたしの聞き間違い……じゃないみたいね?」

「残念ながらな」


 人を殺しておいて笑うのも変な話だが、俺は自嘲気味に口角を上げる。

 奈木が助けてくれたとはいえ、落ち込み続けると何処までも沈んでしまいそうな気がするからだ。


「……詳しく話しなさい」


 すると、真顔で楓音が続きを促す。

 同じクランのメンバーが人を殺めてしまったのだから、楓音には聞く権利がある。実際問題、俺のせいで楓音に迷惑をかけることになるのは間違いないので、覚えている限りのことを一から順に話すことにしよう。


 それから暫く。

 ダンジョン内で何が起きたのか、俺は一つずつ楓音に説明していった。そして、


「……それ、あんた全然悪くないじゃない」


 あっさりと。

 それはもう、実にあっさりと、楓音は結論を出した。


「いや、でも……人を殺したんだぞ?」

「正当防衛でしょ? そこにいる……誰だっけ?」

「ボクは奈木です」

「……奈木って子を守る為だったんでしょ? だったらしょうがないじゃない」

「いや、しかしだな……」

「ボクもそう思います」

「ほら、この子もそう言ってるし。っていうかあたしとしては、この子がいつまでもあんたの手を握ってるのが気になるんですけど」


 少し苛々しているのだろう。若干強めの口調の楓音が指摘してくる。そこでようやく俺も気付いた。まさか今の今までずっと手を握ったままだったとはな。


「悪かったな、奈木」

「何も悪くないです」


 手を離して奈木に首を垂れる。

 すると奈木は首を横に振って淡々と告げた。そして視線を楓音へと向ける。


「嫉妬ですね」

「……はあ? この子、何言ってんの?」

「もう、見つけたから離さないです。ボクは譲る気ないから」

「譲るって何をよ? って、どうでもいいけど、これはあたし達のクランの問題だから関係ない子は引っ込んでなさいよね」

「ボクは当事者。部外者はそっちです」

「ああ言えばこう言う子ね……!」


 おや、気のせいかな。

 急に空気が張り詰めたような気がする。


「二人とも落ち着け、とりあえず組合職員に報告してくるから」


 何故か俺が二人を宥める羽目になった。

 だがようやく口喧嘩を止めると、楓音と奈木は顔を背けながらも大人しくしてくれた。


 水と油のような相性だが、二人のおかげで俺は心が軽くなったような気がする。

 だとすれば、後はもう、なるようになれだ。


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