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【第二十六話】どうもこんにちは、二股野郎です

 ダンジョンの外に出た俺達は、探索者組合に足を運ぶ。

 そして受付職員に一連の出来事を報告した。すると、そこからの動きは実に早かった。


 まず、俺達は別室待機となり、三人揃ってソファに根を下ろした。まあ、報告内容が死に関わるものなので、形式的にだが逃げられないような処置を取ったのだろう。


 その間、探索者組合でも腕に自信のある職員数名が集まり、赤の門を潜ることになった。俺の報告に嘘がないか検証する為、ナンパ野郎のエルドの死体の有無を確認する必要があるからだ。


「……それにしても、アレはやっぱり刺激が強すぎると思うわ」

「アレって、何のことだ?」

「あんたが描いた本に決まってるじゃない」


 別室で待機中、空気を変えようとしてくれたのだろう。楓音が話題を一つ提供してくれた。


「お前、読んだのか」

「い、一応……ね? だって、同じクランのメンバーが描いたんだから、リーダーとして読む責任があると思うし?」


 いやいや、どんな責任だよ。ただ単に読みたかっただけだろ。

 思わず突っ込みそうになるが、ギリギリのところで我慢する。しかしニヤニヤが止まらない。


「で、ね、あんたの本を読んだせいで頭痛が止まらなかったのよ。それが原因で……その、ちょっとだけ? 寝過ごしちゃったのよね……」


 なるほど、遅刻の理由は俺のエロ本だったか。

 楓音にはまだ刺激が強すぎたみたいで何よりだ。欲を言えば、エロ本に目を通しながらソワソワする姿を生でじっくりと観察したかった。


「じゃあ俺も一応言っておくが、俺の本は全部十八禁だぞ」

「っ、うるさいわね、読者が一人増えたんだから素直に喜びなさいよ」

「それは言えてるな。ありがとよ、読者さん」


 楓音の指摘は一理ある。

 というかそもそも、俺も十八歳未満の楓音に対して色々とヤバいことを要求しているわけだからな。


 未成年を家に上げた時点で監禁罪成立するんだったっけ?

 だとすれば、俺は既に複数回御用になっているわけだ。と言いつつ、後悔は一切していないけどな!


「……まあ、ここで俺が捕まったら新刊も出ないし、今持ってる本を俺の遺作として記念に枕元にでも飾っておいてくれ」

「絶対嫌なんだけど」


 即、お断りするのは、楓音の得意技のようなものだな。

 嫌がる楓音の顔を見て、俺はついつい笑ってしまう。


「……楓音。こんな俺を「御剣楓音とゆかいな仲間たち」のメンバーにしてくれてありがとな。短い付き合いだったが割と楽しかったぞ」

「何それ? 別れの挨拶っぽいんだけど」

「そのつもりだ」


 言葉を交わすと、楓音は鼻で笑う。


「バカね……もし仮に逮捕されることになっても、このあたしが全力で守ってあげるわ。だから安心しなさい」

「ボクも守ります。防御魔法で物理的に」

「だからあんたは引っ込んでなさいってば」

「聞こえません」

「お前ら少しは仲良くしてくれよ」


 再度、楓音と奈木が口喧嘩を始めようとしたその時、扉をノックする音が響いた。返事をすると、先ほど受付で見た職員さんが挨拶一つで入室し、ぽつりと一言、口にする。


「今しがた隠し通路の広場の検証が終わりましたが、茶川様の報告にあるような死体や痕跡は一切見当たりませんでした」

「……は?」

「ですので――」


 つらつらと喋っていく。しかし一度目の台詞が耳に残って離れない。


 それは決して聞き間違いではない。

 職員さんによる調査結果を聞いた俺は、何が何やらで思考が真っ白になった。


 死体が……無い?

 そんな馬鹿なことがあってたまるか。


 あの時、俺は確かにナンパ野郎を殺した。

 具現化したGペンを投擲し、奴は大剣を盾代わりに防ごうとして……魔力の暴発を起こした。


 その結果、奴はどうなったか。


 語るまでもないことだが、その場に残されていたのは、かつてエルドだった人物の黒焦げ死体が一つ。

 実際に傍に寄り、この目で確認した。奈木も同じく。アレが見間違いのはずはない。


 もしや、俺達が立ち去った後に産み落とされた魔物の餌にでもなったのか。


 ……いや、それも違う。

 仮にそれが事実だったとしても、痕跡の一つぐらいは残るはずだ。それを見落とすほど組合職員はおろかじゃない。むしろその点に関しては、そこらの探索者より優秀なはずだから絶対に有り得ない。


 では、どうして死体が無いのだろうか。


「よかったじゃない」


 真っ白な世界から意識が戻る。

 横を向くと、優し気な顔の楓音がこちらを見ていた。


「いや、しかしだな……」

「納得いかないってことぐらい、あたしにも分かるわ。だけど今は大人しく受け入れておきなさい」


 その代わり、と付け加え、楓音は言葉を続ける。


「明日も潜るんでしょ? 納得いくまで、とことん付き合ってあげるわ」

「……恩に着る」

「同じクランの仲間だし? 当然よ」


 こんな状況になって初めて思ったよ。「御剣楓音とゆかいな仲間たち」を結成して本当によかったとな。


「それより、今日はもう遅いしあたしは探索できなかったから……ほら、ご飯だけでも付き合いなさい」

「それは命令か?」

「命令じゃなくて強制よ」

「一緒じゃねえか!」

「言葉は違うから別よ。ほら、早く立ちなさいよね」


 楓音がソファからお尻を離す。

 俺も習って立ち上がる。すると隣に座っていた奈木も席を立つ。


「……あんたはまだ子供だから、さっさと家に帰りなさい」


 じっと恨めしそうに、奈木は楓音と目を合わせる。しかしこれは楓音が正しい。

 奈木の見た目は子供だ。恐らくは中学生か、下手すると小学生の可能性もある。幾ら探索者としての活動が許可されているとはいえ、親御さんも心配しているはずだ。早く家に帰らせた方がいいだろう。


「奈木、今日は面倒ごとに巻き込んですまなかったな」

「……ううん。全然いいです。ボク、嬉しかったから」


 何が嬉しいのか不明だが、頬が緩む奈木を見て安堵する。

 奈木とはここで解散して、楓音と飯を食いに行くか。魔物退治の報酬を受け取り損ねたが、それは後日でも構わないだろう。


 隔離されていた部屋からロビーへと戻り、先ほど対応してくれた職員さんに挨拶を交わして踵を返したところで……声が聞こえた。


「――なるほどね。まさか堂々と二股してるとは思わなかったよ」

「っ、な……」


 何故、ここにいる。


 すぐさま振り向き、声の発生源を突き止める。

 大勢いる探索者の中でも、そいつの姿をはっきりと捉えることができた。


「え、エル……ド? 生きてたのか……!?」


 俺の見間違いではない。

 そこに立っていたのは、隠し通路の広場で死んだはずのエルド本人だった。


「モヤシ君と、彼女二人。君達の顔、覚えておくよ」


 殺気を見せるわけでも攻撃してくるわけでもない。

 エルドはただそれだけ言い残すと、にやりと笑う。そして探索者組合の外へと出て行ってしまう。


「ちゃがわさん、あの人……」

「ああ、そうだな」


 奈木の言葉に頷く。

 あの場にいた奈木もまた驚愕しているらしい。


 だが、この場にもう一人いる彼女……楓音も表情を歪めていた。


「ねえ、あんたが殺したって言ってたやつ……あの男で間違いない?」

「俺の記憶違いでなければな」

「そう、だとしたら厄介なやつに目を付けられたわね」


 厄介な奴、と楓音はエルドを称する。

 その訳は、次の台詞で呆気なく判明した。


「あの男……日本でトップのクランに所属する一桁ランカーよ」

「冗談だろ」

「こんな時に冗談なんて言わないってば」


 耳を塞いでも、もう遅い。

 そんな情報、聞かなきゃよかったよ。


 肩の力が抜けるのを感じつつも、俺は引きつり笑いを浮かべて反応を示す他になかった。


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