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【第四章】

【第二十七話】妄想の仕方をアップデートすることにした

 エルドを殺した次の日。

 否、殺したと思っていたが実は死んでいなかった翌日の間違いか。


「……怠いな」


 もう、ね。

 ほんとに怠すぎる。


 一応、生きていたとはいえ、エルドを殺した感覚が無くなったわけではない。

 と言うか、あの状態で何故まだ生きているのか。赤の門から出て地上で声を掛けてきたエルドは、怪我一つ負っていないように見えた。


 もしや、エルドは固有能力ユニークスキルの所持者で、不死身になれるとか死んでも生き返ることができるとか、その手の能力を使えるのだろうか。

 そうでなければ納得できない。


 結局、昨夜は一睡もできずに布団に包まったまま時間だけが過ぎてしまった。

 仕方がないからエロいことでも考えて気を紛らわそうとしてみるも、妄想の中でも楓音にビンタを食らって拒否された。楓音を相手にする=それを望んでいると俺の脳が勘違いをしているのかもしれない。いやはや困ったものだ。


 しかし楓音よ、所詮は俺の妄想の中だ。どれほど抵抗しようとも、お前の行動や言動は俺の気分一つで変えることができる。故に、今回は失敗に終わったが、今夜はお前を好きにさせてもらうからな。覚悟しておくがいい。


 同じクランに所属する仲間を相手にそんな妄想を抱きつつ、俺は身支度を済ませる。と同時にカップラーメンの蓋を開けてポットからお湯を注いだ。


「……飲んどくか」


 冷蔵庫を開けて中をチェックする。

 栄養ドリンクとサイダーがびっしりと入っている。他のものは、ほぼ無し。


 今日も今日とて「御剣楓音とゆかいな仲間たち」での探索活動があるからな。気合を入れる必要があるだろう。

 というわけで、栄養ドリンクを一本手に取り、蓋を開けて一気に飲み干す。


 よし、これで今日も一日たとえ火の中水の中、エロい妄想をし続けることができそうだ。


 三分経過したので、続けてカップラーメンを食し、腹を満たす。

 現在時刻は十時半を回ったところか。楓音との待ち合わせにはまだまだ早い。隙間時間に少しでもネタを考えておくのも悪くないな。


 後片付けを済ませて机に向かう。

 スケッチブックを捲ってGペンを手にした。


「……」


 いや、これはダメだな。

 栄養ドリンクのおかげでシャキッとすることはできた。そしてエロい妄想をすることもできている。


 だがダメだ。

 妄想の質が悪い。悪すぎる。


 いつもの俺ならすぐにでも使えるネタが降りてくるというのに、その気配すら無い。

 しかもこれは今日に限ったことではない。昨日も一昨日も同じ症状に見舞われている。


 おかしい。

 俺の身に……俺の妄想力にいったい何が起きているというのだ。


「……くそっ、邪魔ばかりしやがって」


 妄想を形にしようと試みてから、三十分ほど過ぎただろうか。

 依然としてスケッチブックは真っ白のままだ。

 お手上げ状態の俺はGペンを置くと、胡坐を掻いたまま背を畳に預けた。


 よし、ちょいと冷静になって一から考えてみよう。


 最近の俺はおかしい。時々、正常な判断ができずに思考がめちゃくちゃになることがある。今まではエロい妄想をしてもすぐに現実へと戻ることができていた。


 どうしてこんなことになったのか。

 無論、答えは出ている。


 クランメンバーの御剣楓音。

 彼女と出会ったことで……現実の女性と触れ合う機会が急激に増えたのが原因だ。


 今までは部屋に引き籠って原稿を描き続け、たまに資料を探しに外へ出かけるぐらいだった。女性と目を合わせる機会は勿論無いし、言葉を交わすことなんてコンビニと業務スーパーの店員しか記憶に無い。


 月に一度、鉱物の採掘業務を行うクランの護衛役を買って出る。そこでたまに女性の探索者と挨拶を交わす他に関わることはない。それが俺の日常だった。


 だが、そんな俺の許に楓音は現れた。いきなり部屋に入ってきたかと思えば、クランを組みたいとか新手の詐欺かと疑ったものだ。


 モデルになってもらう条件付きでクランを組むことにしたわけだが、相手は現役女子高生だ。どう接すればいいのか謎だ。

 しかし楓音は距離感が近く、馴れ馴れしく接してくる。


 おいおい止せよ、これ以上俺を弄ぶのは危険だぜ、と忠告したいものだが、鼻で笑われるだけで、どんどんドツボに嵌まっている気がする。


 その結果、俺がネタを考える為に妄想する度に……楓音が出てくる。邪魔をしやがる。昨夜の妄想にも当然のように出てきて俺にビンタをかましたからな。妄想したい俺にとっては厄介極まりない存在と化している。


 楓音と行動を共にし続ければ、いずれきっと俺は筆を折ることになる。今までのように妄想することができなくなっているのだからな。


 では、どうすればいい。

 今すぐにでもクランを解消するべきか。


「……いや、違うな」


 そう、それは違う。

 俺は独り言のように呟き、頷いた。


 今、焦ってクランを解消するのは悪手だ。

 何故ならば、楓音と接する機会をみすみす手放すことになるからだ。


 はっきり言おう。

 御剣楓音、彼女は可愛い。万人受けするような容姿ではないかもしれないが、楓音は客観的に見てもとても可愛らしく妄想のネタとするには十分すぎるほどの魅力に溢れている。


 楓音をモデルにすれば、どんな妄想だってすることができる。

 妄想の中でビンタしてくるほどの暴力性を持ち合わせているが、だがそれがいい。彼女をモデルに屈服させる姿を妄想するのも、自家発電が捗るってものだ。

 楓音をネタにするだけで、新たなネタが次から次に浮かんでくるのが現状だ。


 つまり、そういうことなのだろう。


「……三次元、恐るべし」


 どうやら俺は、三次元の魅力に……現実の女性に……御剣楓音という一人の女性の虜になってしまったらしい。


 何度も言うが、相手は現役の女子高生だ。

 妄想だから許されるが、現実で手を出せば犯罪で即御用となるのは言うまでもない。


 しかしこうなってしまった以上、俺は自分自身を見つめ直す必要がある。

 二次元が全てだった妄想の仕方が、楓音の登場によって変わってしまったのだ。言うなれば、妄想のアップデートってわけだ。


 これは俺の妄想力が落ちたわけではなく、むしろレベルアップしていると言っても過言ではない。


  そう、そうだ。楓音のおかげで、俺はまだまだ成長することができる。変態紳士として、より高みへと昇ることも不可能ではない。


 ああ、だから分かったよ。俺は今、全てを受け入れよう。

 現実では不可能なことを可能とするのが、妄想の良いところだからな。


 故に、今日もこれから楓音と探索活動に精を出すことになるが、その前にあと数十分、楓音をネタに全力で自家発電に勤しむことにしよう。それが新境地へと向かう俺に課せられた新たな使命ってやつだ。そうに違いない。


 というわけだから悪いな、妄想の中限定で俺は善人を止めるぞ、楓音!

 たとえ妄想の中でビンタされて拒否されようとも、俺はやり遂げてみせよう。


 と、御託を並べて言い訳が完成したところで、俺は再び妄想の世界へと浸るのだった。


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