妄想の仕方をアップデートして自家発電を堪能した後、俺は探索者組合に足を運んでいた。
「ふぅ、少し頑張りすぎたか……?」
体が重くてしんどい。楓音をネタに短時間で三度はさすがに無茶だったかもしれない。
まあ、その分、良いネタが浮かぶようになったから悪くはないか。
とはいえ、自家発電ばかりしているわけにもいかない。
楓音と共にクランを作り、毎日のように楓音と出会える機会が出来たのは最高と言わざるを得ないが、俺の本業はあくまでもエロ漫画家だ。
俺はエロ漫画を描く為に生きている。
エロい妄想をするのは必要事項ではあるが、原稿の進捗に影響を及ぼさない程度に気を付けなければならない。
と、そんなことを考えながらも空いたソファに近寄り、ゆっくりと腰掛ける。
相変わらず良いソファだ。俺の部屋にも一つ置きたいものだね。エロ本の棚に囲まれた四畳半一間に置く場所なんてどこにも無いんだがな。
「ん?」
ソファに背中を預けて目を瞑り、楓音が到着するまでもう一度楓音で妄想でもするかと考えていた。すると、誰かに肩を叩かれた。
いや、叩かれたというよりは、ちょんちょん、と触られた程度か。
楓音が来たのかと一瞬考えたが、そんなはずはない。楓音がこんな優しげな触り方をするなんてありえないからな。
というわけで、俺は目を開けて尋ね人のご尊顔を確認してみる。
「……奈木?」
目を開けて背後を確認すると、そこには奈木が立っていた。
「こんにちは、ちゃがわさん。昨日振りです」
「お、……おお。そうだな」
ソファから背を離し、軽く会釈する。
昨日、エルドにナンパされて怖い目に遭ったにもかかわらず、防御魔法で物理的に俺を守ると言ってくれた良い子だ。
エルドに目を付けられた俺を心配して来てくれたのだろうか。
だが安心しろ、俺には誰にも負けない妄想力が備わっている。それもつい先ほどアップデートしたばかりだからな。今の俺は誰にも負ける気がしない。
「今日はどうしたんだ? まさか一人で探索するつもりか」
試しに訊ねてみると、奈木は首を横に振る。
そしてあろうことか俺の横に腰掛け、上目遣いに口を開く。
「ちゃがわさんと、一緒にしたくて来ました」
「俺と一緒に? 何をしたいって?」
「言わせないでください」
そう言って、奈木はすぐに視線を逸らす。
……おいおい。奈木、君は今幾つだい?
いかん、いかんなあ。おじさんを手玉に取るような発言は慎むべきだぞ。
もし、この調子で大人になれば手遅れになる可能性大だ。故におじさんが個人的に叱ってやる必要があるかもしれない。
そう、つまりこれは義務教育というわけだ。
「俺と、探索したいってことか?」
「……はい」
問うと頷く。
素直ないい子じゃないか。どこかの生意気で口の悪い楓音とは大違いだ。
俺と探索したいが為に、来るかどうかも分からない俺を待ち続けていたのだろう。まさか探索者組合で入り待ちされるとは夢にも思わなかったぞ。
しかし困ったな。
奈木から赤の門の探索に誘われてしまったが、俺には先約がいる。
「綴人」
すると、丁度そこに楓音が現れた。
名前を呼ばれて振り返り、顔を合わせて手を上げる。
「おう、来たか」
来ました、楓音。
妄想から飛び出してきた生楓音。
うんうん、やはり本物はいい。実に素晴らしい。頭のてっぺんから足の先まで舐め回すように観察したいね。
「ちょっと、なんか目がいやらしいんだけど」
「おっと」
いかんいかん、本人の目の前で早速やらかすところだった。
妄想と現実を勘違いしてはならない。肝に銘じておけ。
「……昨日は大変だったわね」
エルドとの一件についてだろう。なんだかんだこうやって気遣ってくれるのが楓音のいいところだ。ツンデレの称号をプレゼントしたいが……いや、まだツンが多すぎて無理だな。あと少し頑張ってくれ、楓音。俺は心の底から応援しているぞ。
「隈が凄いけど……ちゃんと眠れたの?」
「寝不足ではあるが、栄養ドリンクを飲んだからな。何も問題ない」
自家発電も頗る順調だったし、探索には影響ないはずだ。
「そう? それならいいんだけど……」
そう言いつつ、楓音は視線を奈木へとずらす。
おや、これはあれかな。辺りの空気が張り詰めたのは気のせいではないよな。
「で、あんたはいつまでここにいるわけ?」
「割り込んできたのはそっちの方です」
「割り込んで当然でしょ? だって綴人はあたしのなんだから」
あたしの、ときましたか。
俺は遂に楓音の所有物になったらしい。
これは昇格か? それとも降格か?
「ほら、あたし達は忙しいんだから邪魔しないでよね」
しっしと、クランメンバーじゃないから追い払われる。
それでもソファから腰を上げない奈木に対し、俺は向き合う。
「ごめんな、あいつがそう言ってるからさ」
奈木に謝る。
「ボクを心配してくれるちゃがわさん、やっぱり優しいです」
「別にあんたを心配して言ったわけじゃないことぐらい気付きなさいよね」
「モスキート音が聞こえました」
「誰の声がモスキート音ですって!」
「まあまあ落ち着けって」
憤る楓音を宥めて、俺達は受付へと向かった。するとすぐに職員さんが受付から出てきて、別席へと案内された。いつもいつもご苦労様です。
「毎度思うんだが、赤の門ばかりで飽きないのか」
赤の門に巣食う魔物は、他の門と比べて危険度が低い。故に貢献度も貯まりにくい。
せっかく探索者ランク十一位にまでなったのだから、もっと貢献度を貯めてトップテン入りしたいとか思わないのだろうか。
「全く飽きないわ。だって隠し通路の先があるかもしれないのよ? いいえ、あるかもじゃなくて、あたしは実際に見たんだから、もう一度発見するまでは赤の門に潜り続けるつもりよ」
どうやら楓音は、ランクアップよりも隠し通路を優先しているようだ。
こうなると何を言っても無駄だな。しかし困ったものだ。
楓音の目的が果たされることは有り得ない。
故にこのまま永遠に赤の門を彷徨うことになり続ける。
俺としては他の門に潜るよりも圧倒的に安全だからウェルカム状態ではあるが、楓音のことを考えると、少しぐらい貢献してもいい気がする。
「……仕方ないな」
あとで相談してみるか。
アレに貸しを作るのは嫌だが、赤の門の悩みであればアッサリと解決してくれるだろうし。
「ねえ」
職員が席を外したのを確認し、楓音が横から声をかけてくる。
「あんたの隣にいるのはあたしなんだから、あんまり……よそ見しないでよね」
「……ん? 何の話だ?」
「はぁ、……あんたが調子に乗るとあたしの機嫌が悪くなるってことよ」
うむ、さっぱりわからん。
だがとりあえず、あまり調子には乗らないようにしよう。楓音の機嫌が悪くなれば俺の妄想ライフにも支障が出るかもしれないからな。
探索者組合のロビーを一瞥する。どうやら奈木は諦めて帰ったらしい。
いや、もしかしたら一人でダンジョンに潜っていたり……さすがにないか。受付にも並んでいないし、赤の門と言えども一人だと危険だからな。
「さあ、今日も張り切って探索するから、ちゃんとついて来なさいよ?」
「あいあいさ」
結局、今日も正午過ぎから俺達「御剣楓音とゆかいな仲間たち」は赤の門へと足を運び、ダンジョン探索を開始した。