「君がクレイ君だね?」
「そういう貴方は、フィリウス伯爵に仕える執事さん?」
翌日、伯爵の使者を待たせるのも良く無いし朝早くから古物商で待っていると、古物商の前に装飾が施された馬車が停まった。
ガチャリ、とドアが開くと馬車から黒いスーツをビシッと着こなしたナイスミドルが降りてきた。
グレーの髪の毛を丁寧に撫で付けて、口元には整えられた口髭を蓄えている。
これこそまさに執事と言って良い外見だ。気力のみなぎった声にも、セバスの品という物がよく表れている。
「いかにも。私はフィリウス伯爵家に仕えるセバスだ。昨日は主人が何か迷惑を掛けなかったかな?」
主人がアレだったから、一体どんな破天荒な執事がやってくるかと心配していたけど杞憂だったようだ。銀色の瞳で俺の顔をじっと見つめてくるセバス。
「今まで貴族に出会った事がなかったので凄く驚きました……」
「あぁ……それはすまなかったね。どうも自分が行くと言って聞かなくてね……」
思い出したくない事を思い出してしまったようで、セバスは眉間を揉みほぐしていた。
どうやら俺達以外にも、自分が気に入った人物には会うと言って聞かないらしい。
「ところでもう出発しても良いのかね?」
「あ、待ってください。もう一人居るんです、もう少しで来るはずなんですけど……」
今日商業組合に行くメンバーは俺、セバス、ソックの三人だ。
爺さんは今日も貴族との商談があるとの事だったので、泣く泣く辞退する事となった。
まあ爺さんが行くと、話にならない可能性が高かったから俺はこれで良かったと思う。
「クレイ君はなかなか大変な人生を送っているようだね」
「いいえ、俺なんてまだまだですよ。現にこうして生きているんですし……それより、セバスさんも苦労してるんじゃ無いですか?」
「分かるか、少年……」
「はい……」
セバスの言葉の節々から、苦労人のオーラを感じる。俺がセバスに同情すると、セバスは肩をガックリと落としてオズワルトの伝説の一端を語り出した。
曰く、気付いたら執務室から消えていた、とか置き手紙があれば可愛い方とか、最近は芸術に目が無いとかで好き勝手やっているらしい。
あと、弱者を虐げる事が許せずトラブルに自ら突っ込んでいく事はしょっちゅうなんだとか。
「おーい! お待たせー!」
「おや、まだまだ語れる話は山のようにあるが待ち人がやってきたようだな」
体感で十分程度だろうか、オズワルトが如何に好き勝手しているのかという事をセバスは淡々と語っていた。
いや、さすが伯爵。
俺の期待を裏切らない武勇伝が出てくる出てくる。
少しずつセバスの語り口がヒートアップしていたところで、ソックが走ってやってきた。
後ろ髪がピョンと跳ねている。どうやら寝坊のようだ。
「おい、遅いぞ!」
「すまねぇ、寝坊しちまった……っとアンタが貴族様の使い?」
「ソック、言葉遣いに気を付けろって」
俺達と一緒に商業組合に行くのが貴族関係者だと伝えていても、コレである。
「クレイ君、私は気にしていない。ソック君、私の名前はセバスと言う。今回は相手が私だから問題無かったが、時と場合によってはその場で殺される事もあるので、命を大事にしたいのであれば言動には気を付けた方が良い」
「お、おう……執事の爺さん。何かすまねぇ……」
ソックは妙なところで物怖じしないというか、それが巡り巡っていつか大きな失敗をやらかしそうな気がするというか……。
まあ、幸いセバスも気にしていないようだし、ソックにはこれから色々と覚えてもらう必要があるな。
「どっちも失礼だって……」
「まあまあ、そのうち解る日が来るさ。さあ、商業組合に行こうじゃないか」
フィリウス家の馬車に乗りこみ商業組合を目指して俺達は行く。
馬車の中は意外とシンプルで、向かい合うようにして設けられていた座席も身体が沈み込むほどにフカフカだった。
「よし、出してくれ」
「ハッ!」
馬車の前にある小窓を開けてセバスが御者へ声を掛ける。
直後、御者の掛け声でゆっくりと馬車が動き出す。さすが貴族の馬車。街で走っている乗合馬車とは乗り心地が違う。
身体に伝わってくる振動も割と抑えられている。金を払ってもいいから、乗合馬車よりこちらを選びたいくらいこれは快適だ……。
「うおー! すげーな! おいクレイ、これ見てみろよ!」
「ああ、うん……凄いねー」
伯爵の馬車はもっと内装もギラギラしているものかと思っていたから、少し拍子抜けした。
あんまり金ぴかだったり派手な内装があると、商業組合に到着するまでに疲れてしまいそうなんだよな。
俺の右側ではしゃいでいる様子のソックの所為で。
そんな様子が可笑しかったのか、セバスが笑いながら声を掛けてきた。
「クレイ君、それにソック君も気にする事はない。この馬車はフィリウス家が所有する馬車の中でも一番の安物だ。そろそろ買い替えようと思っているから、多少汚れても問題はない」
「おぉー! じゃあこれよりもっとスゲェ馬車もあるって事か!?」
「ああ、主人の趣味じゃないようだが貴族には
話を聞いているだけで、貴族が面倒くさいという事がヒシヒシと伝わってくる。
現代に生きていた俺としては、見栄だとか自分の力を誇示する行為は馴染みがないからあんまり理解出来ないんだよな。
というか、座席がフカフカすぎて……段々と眠たくなってき、た……。
「おいクレイ、起きろって!」
「――っあ! すまん、いつの間にか寝ていた!」
一瞬だけ目を瞑っていたつもりが、ぐっすりと寝てしまっていたらしい。
俺がソックに揺さぶられて慌てて飛び起きると、馬車はすでに商業組合に到着していた。
「す、すみませんセバスさん!」
「気にする事はない。君はまだ子供の身なのだ、寝るのも仕事の内だ」
対面に座っていたセバスにも謝る。今まで寝た事もないような硬い地面で、寝ていたのがいけなかったのだろうか。
思った以上に疲労が溜まっているようだし、もうそろそろ隠れ家生活も卒業したいところだ。
「ありがとうございます……」
「では、商業組合が尻尾を出すまで私は顔を隠しておく。君達の商会の第一歩だ、頑張り給え」
「「
手には商会設立資金の銀貨五十枚、懐にはオズワルトから貰った推薦状もある。
準備は整った。
セバスからの激励に応えるためにも俺達のためにも、今日は商会を設立させないとな。