俺とソックは、二度目となる商業組合へ足を踏み入れた。
俺達の後ろからは、ローブで全身をすっぽりと包み顔とスーツを隠しているセバスがついてきている。
「こんにちは」
「本日はどのようなご用件ですか?」
今回も、空いていたカウンターの一番端で用件を告げる。
今回は、壁際で待つ事もなくスムーズにカウンターの横を通って、あのヒマワリが描かれた部屋へと通された。
「あの……そのお連れの方は」
「何か?」
「いえ、何でもありません……」
さすがにローブ全身を隠したセバスが怪しかったのか、受付嬢が声を掛けようとするも、即座に俺が割って入る。
一人で追及しても埒が明かないと考えたのか、もしくは大人でも関係ないとでも思ったのかそれ以上追及される事はなかった。
「ふぅ~、一瞬ヒヤっとしたぜ」
「おいソック、もしかしたら部屋の外で聞き耳を立てているかもしれないだろ。不用意な発言はするなよ?」
念のため、ソックに余計な事を口走らないよう釘を刺しておく。
聞き耳をたてられているかも、という俺の言葉にギョッと驚いた表情を浮かべたソックは、慌てて両手で口を押えてキョロキョロと警戒するように周囲を見回していた。
「ははは。大丈夫だよソック、あれだけなら何の事か分かる訳ないだろ」
「そ、そうか! いやぁ、あんまり驚かさないでくれよ~」
声には出していないが、セバスもソックの反応が可笑しかったようだ。ローブの肩の部分が少しプルプルとしていた。
「……来たな」
「おう」
少しして廊下からコツコツ、と足音が聞こえて来た。弛緩していた空気が一気にピン、と引き締まる。
「何だ、性懲りもなくまた来たのか? この薄汚いガキどもが」
現れたのは、やはりあの男。
部屋の中で待っていた俺達を見るや否や、コレである。どうやら相当嫌われているらしい。
目はスゥっと細められて、まるで汚物を見るかのように俺とソックの事を見下ろしてくる。
「ん? もう一人居たのか」
「ああ、彼の事は気にせずお願いします」
「はぁ? 誰に向かって指図しているつもりだ! いいからそこのお前ぇ、さっさとローブを脱がないか!」
俺がセバスの事は気にしないように言うと、一瞬で噴火してしまった。普段どんだけストレス溜めてるんだよ……。
「ああ、貴方チェンジでお願いします」
「あぁ? 今、何と言った?」
しょうがない、火に油を注ぐようになってしまうのは目に見えているが、今セバスの正体を明かすわけにはいかない。
「だから、貴方は怒鳴る事しか能がないようなので違う職員を呼んできてください……って言ったんですよ」
俺がそう言うと、男の顔が耳まで真っ赤に染まる。
「このっ―――クソガキが!! ここまでコケにされたのは初めてだ……ふむ、設立の手続きをしてやろうではないか。さあ、お前達が盗んで来た商会設立資金を出せ、そうすれば先ほどの無礼は聞かなかった事にしてやろう! それとも、今度こそ衛兵に突き出してやろうか?」
さあ、と俺達に無茶苦茶な選択を迫ってくる男。やってる事がもはや恫喝だぞ。
チラリ、と壁際で立っているセバスへ視線を送るも動く様子はなし。
この程度では商業組合を追及するのは弱い、という事だろうか。
まあいざとなれば手助けしてくれるだろうけど、俺達の商会の事だしなるべく俺達だけで決着をつけたい。
フィリウス家のおんぶにだっこは御免だからな。
「その前にさぁ、俺達に言う事があるんじゃないの?」
「お前達に言う事……? はて、何の事やら?」
俺が男に心当たりがないか尋ねても、男は
「前にクレイから盗んだ銀貨五十枚、耳を揃えて返せって言ってるんだよ!」
「はっ! 何を言い出すかと思えば盗んだなどと……ハァ、たまに居るんだよなぁこういうの」
男は知らぬ存ぜぬを貫くようで、自分が疑われて困っているといったような雰囲気を
目撃証拠も残らない密室で、自分が圧倒的に優位な立場だからこそ、散々この手法で金を奪い取っていたのだろう。
男は得意気に人差し指を振りながら話を続ける。
「いいかい? 君達は以前、商業組合を訪れたかもしれないが、私は君達から一枚の銅貨すら受け取っていない。在りもしない嘘が、あたかも真実のであるかのように
「ふざけんな! あの時、俺達の金は盗んで来たとか無茶苦茶な事を言っていただろうが!」
言い掛かりは止めたまえ、と男はソックの抗議に取り合わない。
のらりくらりと追及を躱す男に、ソックの怒りが高まるのを感じる。
押してダメなら引いてみろ、ということで俺は違う方向から攻めてみる事にした。
「俺達は銀貨五十枚を貴方に盗られたんだ。もう一度聞くけど、貴方は俺達から
「それ以上言うのであれば、商業組合を出入り禁止とするぞ?」
ははーん?
さすがに言質は取らせてくれないって事ね? じゃあこれはどうかな?
「そっかぁ。俺ってとある伯爵から推薦状も貰ったのに、出入り禁止になっちゃうのかー!」
懐から、オズワルトに貰った推薦状を取り出してピラピラと振ってみた。
「なっ……推薦状だと!? そんな訳がないだろう! えぇい、それを寄越せ!」
「はいはい、そんな慌てなくても
俺の手から推薦状をひったくるようにして取った男は、羊皮紙に穴が開くくらい集中して上から下まで読み始めた。
先ほどまで怒鳴り声が飛び交っていたのに、今は俺とソックの呼吸の音、男が時折羊皮紙を持ち替える度に発する衣擦れの音しか聞こえない。
三回ほど推薦状を読み返して、ようやく男が顔をあげた。
男はニヤリ、と頬を吊り上げると高笑いを始めた。推薦状を雑に丸めると、お手玉でもするようにポンポンと手で弄び始めた。
「ハーッハッハッハ! よくもまあ、こんな物を用意したものだ。推薦状、しかもあの『魔法伯』の推薦状! 確かに確かに、このような推薦状を出されては、私も商会の設立をサポートせねばならん――がしかし!」
そして推薦状をポトリ、と地面に落とすと徐に足をあげて――
「おい、待て―――!」
「そのような物は知らんな……」
男は、俺の制止を無視して推薦状をグリグリと靴の裏で踏みつけた。