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第17話 暴挙

「ハァ……何とか商業組合から金を騙し盗ろうと、無い知恵を働かせてこんな偽物の推薦状まで用意した努力は認めよう。あぁ、そうだとも。もし私がただの組合員であれば、『魔法伯』の名に目が眩んで騙されていたかもしれない」

「その推薦状は本物に決まってるだろ!! 何をしてやがる!」

「見苦しいぞ、この下民が! 貴族の名をかたって組合を騙そうとするなぞ、笑止千万。お前たちは、商業組合へ出入り禁止とする!」


 ソックの抗議も無視され、男は土で汚れた推薦状を靴のつま先でこちらへ蹴り飛ばして来た。


 俺は、慌てて推薦状についてしまった汚れを手で払い落そうとするも、うまく落ちてくれない。


 オズワルトがせっかく書いてくれたのに、こんな事になるなんて……。


「お前達とは金輪際関わる事はないと思うが、一応名乗って置こうか。この私――パッキンには、高貴なる血が流れているのだ。栄えあるカヴァル王国男爵スカラ家に連なる私には、こんな偽物は通用しないのだ! 高貴な血の流れる私には、押し問答をしている暇はないのだよ。さぁ、ネタも尽きただろう? そろそろお帰り願おうか!」


 男――パッキンは話は終わりだとばかりに、テーブルの上に置いていた俺達の商会設立資金を手に取り、部屋から出て行こうとする。


 すると部屋にセバスの底冷えするような声が響き、セバスは通り道を塞ぐようにしてパッキンの目の前に立ちふさがった。


 残念ながら、出番交代のようだ。


「少々、お待ちいただきたですな」

「んん? 何だ貴様、先ほどまで人形のように黙り込んでいたから、居た事すら忘れていたが、この私の目の前に立ちふさがるなど、一体どういう了見だ!」


 パッキンは、セバスの全身から溢れだす怒気に気が付いていないのか、至近距離からセバスに怒鳴る。


 しかし、セバスの方は全く堪えた様子はない。セバスは、ローブを脱ぎながらポツリと口を開く。


「主人から命令され、平民街の商業組合が一体どんな物かと見に来てみれば……何ともまあ、お粗末な物です。このような小者が商業組合にのさばっているなど、我が主人も思ってもいなかったでしょうな」

「な、何者だ! 先ほどから訳の分からん事を言いよって! 貴様らはさっさとこの部屋から出て行くのだ!!」


 こめかみに青筋を立てたセバスから発せられる、尋常でない雰囲気を感じ取ったのだろうか。


 パッキンは、セバスの雰囲気にややひるんだ様子で、俺達に部屋から出て行くよう命令してきた。


「ほう? 貴様、私の顔を見てもまだ分からんのか?」

「し、知らんな! そこそこの身なりではあるが、それで私を恫喝しようなど浅知恵が透けて見えるぞ! お前のような年寄りは黙って畑でも耕しておればよいのだ!」


 おいおい、高貴なる血が流れてるんじゃなかったのか。


 フィリウス家の事を知っているなら、その執事の事も当然知っているのだとばかり思っていたが、この反応はまさかセバスの事を知らないのか?


「何を言い出すかと思えば、畑仕事とは……それはお主にお似合いの仕事であろう。スカラ男爵の血が流れておると言っていたが、私はパッキンなどという親類の名は聞いたことがない。お主、認知すらされていない庶子しょしであろう?」


 なんと、パッキンは庶子だったのか。

 セバスの指摘が図星だったのか、先ほどからずっと静かだったパッキンの顔がどす黒い赤に染まる。


「殺すっ……この――老いぼれが!!」

「セバスさん、危ない!!」

「執事の爺さん! 避けろ!!」


 パッキンは、手に持っていた銀貨の詰まった袋をセバスの頭に叩きつけようとした。


 俺とソックがやや遅れて警告の声を発すると、セバスはこちらを見てニコリと微笑んで見せた。


「大丈夫、この程度問題ありませんとも」


 あと少しで銀貨五十枚の詰まった袋がセバスの脳天を揺らす、と思われたのけど驚いたことにセバスはヌルリ、と落ちてくる袋を避けた。

 俺達は袋の方がセバスを避けたんじゃないかと錯覚したくらい、あまりにも予備動作のない自然な動きだった。


 直後、袋は地面に叩きつけられ、ドンと大きな音が部屋に響き渡る。


 大量の銀貨を入れた状態で地面に叩きつけられた事で、元々ボロかった袋は限界を迎えたらしく、床に銀貨が散らばってしまった。


「…………っ!!」


 振り下ろした際、袋の重さを支えきれなかったのか、パッキンは床に片膝を着いてセバスを睨み上げている。


「おや、図星でしたか?」

「黙れ!! 私は……私はスカラ男爵家に連なる高貴な血の流れる人間なんだああアァァァ!」


 セバスが、パッキンを見下ろしながら聞くとパッキンは堪らずセバスに殴り掛かった。

 すでにパッキンを見る目は冷え切っている。俺がセバスからあの目で見られたら、ちびる自信しかない。


 何のことはない、ただのテレフォンパンチだ。しかし、セバスはその拳を避けずに敢えて食らったように見えた。大丈夫なのだろうか。


「セバスさん!」

「爺さん!!」

「ふむ、殴りましたね?」


 俺達の声には反応せず、今だにパッキンの拳を頬で受けたままセバスは口を開いた。


「フィリウス家筆頭執事である、セバスチャン・ラヴィンを殴りましたね?」

「ば、馬鹿な……!! き、貴様がセバスチャン・ラヴィンだと!? 大陸統一戦争の英雄『魔法伯』オズワルト・フィリウスの片腕……『守護騎士』セバスチャン・ラヴィンだと!?」


 何とびっくり。

 セバスの本名はセバスチャン・ラヴィンというらしい。


 しかも『守護騎士』なんて大層な二つ名を持っていたらしい。というか、家名があるって事はつまり、セバスも貴族じゃん?


「ほ、本物のセバスチャン・ラヴィンと言うならば、あ、アレが使えるはずだ!」

「ふむ、これの事ですかな?」


 アレとは一体何なのか、と俺とソックが首を傾げているとセバスが指パッチンを鳴らした。


 すると、セバスの周囲に金色に光る盾が現れた。もしかしてあれがセバスのスキルで、二つ名の由来なのだろうか。


「本……物……だと!?」


 俺達も驚いているが、それよりも驚いているのがパッキン。驚きのあまり尻餅をついたまま、セバスを呆然と見上げている。


「さて、観念していただきましょうか。貴族である私を殴った事もそうですが、何より我が主人オズワルト・フィリウス伯爵直筆の推薦状を偽物と断定し、私腹を肥やそうとあのように粗末に扱った罪、軽くはありませんよ」

「く、くそ……クソがあああああ!!」


 パッキンは、最後の悪あがきとばかりに俺の方へ走ってきた。もしかして俺の事を人質にしようとしているのだろうか。


(くそ、この部屋じゃ俺のスキルは使えない……どうすればいいんだ!)


 何とか抵抗しようと両手を顔の横で構えた瞬間、俺の目の前に盾が現れた。


「ぐわっ!」


 予想していなかったのか、盾に弾き返されて床に倒れこんでしまったパッキン。


 即座にセバスのスキルで地面に押さえつけられるパッキン。盾で地面とパッキンを抑え込んだセバスは、思わず背筋を正したくなるような声でパッキンを糾弾した。


「自分が劣勢になったと悟れば、取り繕った体裁さえ投げ出すなど何と情けない……高貴な血が流れているのならば、先ほど見せた粗野な言動を控えてはいかがでしょうか?」

「くっ…………!」


 パッキンは顔を真っ赤にしてセバスの言葉に反射的に反論しそうになったが、歯を食いしばって何とか堪えた。


 言葉を発する直前、相手が正真正銘の貴族である事を思い出したのだろう。


「逃げられませんよ。観念してください」

「くそ……このガキが……何故『守護騎士』等という大物を連れてくる事が出来たのだ……」


 時折、パッキンから恨みの念が籠った視線を感じるが、セバスが盾でしっかりと抑え込んでいるから心配しなくても良さそうだ。


 パッキンはもう、何もできないだろう。


 しかし、セバスの盾は俺の目の前にも出すことが出来るのか。


 かなり便利なスキルだろうな、と少しセバスの事を羨ましく思っていたら、不意にセバスから話しかけられた。


「ソック君、君は誰でも良いから人を呼びに行ってくれ」

「お、おう! 分かった!」


 セバスの言葉を受けて、ソックは部屋を飛び出していく。


「クレイ君」

「はい」


 さて、俺は何を頼まれるのだろうか。

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