「君は商業組合に要求する賠償内容を考えていなさい」
「はい分かりまし……はい?」
セバスの言っている事の意味が理解できなくて、思わず聞き返してしまった。
「おや、クレイ君ともあろう者が聞き逃してしまったのかい?」
「い、いいえセバスさんーーじゃなかった、セバスチャン様……」
さっきまでの癖で、セバスチャンの事をセバスさんと呼んでしまった。
慌てて訂正したが、セバスは苦笑いして今まで通り呼んでほしいとお願いされてしまった。
「あぁ、私の事は変わらずセバスさん、と呼ぶように。貴族の籍はほぼ捨てているようなものだから、こういう場合以外は一介の執事と思ってくれたら良い」
「わ、分かりました……でも、その言い方だとまるで俺が商業組合から賠償を受ける事になる気がするんですが」
「そうだとも」
セバスはあっさりと肯定した。
「えぇぇ……いいんですか?」
「直接被害にあったのはクレイ君達なのだから、商業組合から賠償を受ける権利は当然君達にあるが?」
「いやぁ、俺達はそうなんですけど、セバスさんやフィリウス伯爵家としては特に何も無いのですか?」
俺が驚いたのはそこだ。
貴族とは名誉や尊厳を何よりも大事にする生き物、というのが俺の中での勝手なイメージだった。
現に、俺の目の前で転がっているパッキンはしきりに『高貴な血』という言葉を使っていた。
パッキンがやらかした事はフィリウス家にとってもかなり名誉を傷つけられているはず。
「ああ、その事か。少し事情が複雑だから簡単に言うと、平民街で貴族はあまり権力を行使してはいけないと決められているのだよ。中には強引な手段で、処罰を下す者も居るが、平民街の事については貴族は原則不介入なのだよ」
「なるほど……」
やはり、この世界の事について知らない事が多すぎる。
特に貴族の事については、俺の皿を貴族向けの商品として売り続けるなら絶対に知っておくべきだろう。
「うーん……」
一旦貴族関係については、頭の片隅に追いやって、商業組合に要求する賠償内容を考えようと思う。
直接的な被害といえば、俺達の商会設立資金である銀貨五十枚を盗まれてしまった事だけだろう。
だから単純に「銀貨五十枚返せ!」と言うだけなら簡単なんだろうけど、事はそう単純ではない。
何故なら直接的でない、間接的な被害を被っている事まで考慮しなければならないからだ。
「そもそも商会を設立した後、どのくらい利益が出ていただろう……」
「くっ……貴様らのような下民の商会が利益なぞ、出せる訳――ぐあっ!」
パッキンが苦し紛れに、俺に何か言っていたがすぐにセバスが黙らせてくれた。
ちょっとは冷静になったと思っていたのに、まだ俺を罵倒する元気が残っていたとは逆に驚きだ。
うむむ、まずは失った時間から計算するとするか。
俺とソックが、前回商業組合を訪れたのが四日前。
それから爺さんが商業組合に突撃しそうになったり推薦状の事を爺さんに頼んだりして、推薦状を手にしたオズワルトが古物商を訪れたのが昨日の事。
今日を含めれば時間的な損失は五日という事になる。
次に商会が設立していたとしら一日どのくらい儲けが出ていたのかを想定して計算してみよう。
俺達が商会を設立した場合、陶器の製造数が一日三つから四つ五つ程度には増やす事を計画していた。
現在の陶器の値段は、安い物で金貨百枚、高い物は金貨三百枚の値が付いている。
単純計算で一日最低金貨三百枚、最高で金貨千五百枚を稼げていたと言う事か。
貴族との窓口となってくれている爺さんの取り分もあるから、一概には言えないのだけどざっくりと計算すると、それだけの損失を被っている。
商会を設立していないこの五日間も、陶器を爺さんに預けて売っていたので売値の一割が俺の懐に入って来ているのだが、正確な損失額を出そうとするのは不可能に近い。というのも――
「俺達が商会を設立したら、利益が売値の一割という契約を見直すつもりだったんだよなぁ……」
俺も爺さんも、予想外の高値で売れたもんだから「さすがに売値の一割だけでは割に合わないだろう」と商会設立を機に、契約を見直す事を考えていた。
だが、さすがに俺達の頭の中に合っただけの契約書を元に「これだけ差額を補填してくれ」というのはおかしな話だ。
「いや……待てよ。さっきから金の事ばかり考えていたけど……」
そうだ。何も、賠償は金だけに拘る必要はないじゃないか。俺達が商会を立ち上げるにあたって、足りないものはいくらでもある。
正直、従業員は俺みたいな子供ばっかりだし、よほど派手に散財しなければ金に困る事もない。
「クレイ! 執事の爺さん! 人を連れて来たぞ!」
俺が粗方、賠償内容を決めたところで、ソックを先頭に何人かの大人がドタバタと部屋へ走りこんできた。
前から順に、濃い茶髪を短く切り揃えた恰幅の良い中年くらいの男。
次に丸眼鏡と緑の長髪が特徴的なやせ型の若い男。最後に赤髪を顎のラインまで伸ばした糸目で、爺さんと似たような服装をした年齢不詳の男。
赤髪の男以外は、服装からして商業組合の職員だと思われる。
ゼェハァと肩で息をしながら、駆け込んで来た中では一番年長の濃い茶髪の職員が、困惑した表情を浮かべて呟いた。
「ハァ、ハァ……こ、これは一体何事だ」