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第19話 事情聴取

 職員が困惑するのも無理はない。


 まず目に入るのが、パッキンを抑え込んでいるセバスの光る盾。次いでその下敷きになっているパッキン。


 その傍に立つ、身なりの良いセバス。そして、少し離れて小汚い恰好の俺とソックが立っている。


 床には大量の銀貨が散らばっていたり、備え付けの椅子やテーブルがひっくり返っている事から、何らかのトラブルがあった事は誰の目から見ても明白だ。


「どうも、こんにちは。私は――「た、助けてくれっ! こいつらは商業組合から金を強請ゆすろうとしている! 私はこの男に暴行を受けたんだ!」――えぇい、先ほどから見苦しいですぞ!」


 セバスが事の成り行きを、職員に説明しようとしたところ、突然騒ぎ出したパッキンが話を遮って、性懲りもなく職員へでたらめを吹き込もうとした。


 さすがのセバスも、反省の色が見えないパッキンに対してやや口調荒く叱責した。


「その光る盾……まさか貴方は『守護騎士』!?」

「なんやと! こないなところでお目に掛かれるとは!」


 丸眼鏡の比較的若い職員は、気付いていない様子だったが、年長の職員と関西弁の糸目の男はセバスの正体を把握したようで、次第にパッキンへと向ける視線が厳しくなっていく。


「パッキン、お前の話は後で聞いてやるからしばし黙っていろ」

「き、貴様ァ……こ、この私に向かってお前だと!? 平民風情が何だその態度は!」


 自分より格下だと判断した相手には、強く出る事がクセになっているのか。


 セバスに対してあれだけ顔を青ざめていたのに、同じ商業組合の職員にはこの態度。セバスが黙らせても、すぐに騒がしくなる。


 今もパッキンの黒目は、ギョロギョロと自分を見下ろす人間を威嚇するかのように忙しなく動いている。


「……ケイン、新しく商談部屋を確保してくるんだ。それと組合長にも問題が発生した事を連絡してくれ」

「はい!」


 今後の対応を考えていた年長の職員が、丸眼鏡のケインという職員に指示を出した。


 ケインは年長の職員の声色で、何かとんでもない事が起きたのだと理解したのだろう、指示を受けると足早に部屋を立ち去った。



「皆さん、新しい部屋の用意が出来るまでしばしの間お待ちください」


 どうやらパッキンが騒いでいる状況だと埒が明かないので、いったん部屋を移るようだ。


「ビルさん、申し訳ありませんが男性職員を数名呼んで来ていただけませんか?」

「おう、ええでホーラスさん」


 ホーラスと呼ばれた年長の職員は、糸目の男――ビルにも言伝を頼む。


 セバスほどではないけど、それなりに良い身なりの服装をしたビルは、軽薄そうな声でホーラスに返事をして、チラリと俺達の方を見ると少し微笑んで部屋から出て行った。


「クレイ、どうしたんだ?」

「いやぁ……」

「…………変なの」


 ソックに不思議がられても言葉を濁すしかない。俺もビルもこの世界の言葉を話しているのに、何故か前世の方言のように聞こえてしまうなんて言える訳がない。


 俺がどうしてだろう、と首を傾げている傍らでホーラスとセバスが会話をしていた。


「セバスチャン様、あと少しの時間パッキンを抑えていただいてもよろしいですか?」

「もちろんです。それと……この場には、執事として赴いておりますのでセバス、と呼んでいただいて結構ですよ?」

「そうですか……承知いたしましたセバス様」


 そうこうしていると、ホーラスの指示を受けた二人が戻ってきた。


「ホーラスさん、部屋を用意出来ました! 二階のクジャクの間です!」

「こっちも男衆を呼んできたで~」

「よし、お前達! 私が戻ってくるまでこの男が暴れないように取り押さえて置いてくれ!」


 組合で働いているであろう若い男達に、ホーラスは指示を出す。


「セバス様とその後一向様、お待たせいたしました。今から別室へとご案内いたします」


 こちらへどうぞ、と新しく用意した部屋へ案内してくれるようで、手で出口を示した後ホーラスは歩き出した。


 どうやらホーラスは俺達の事を伯爵家の下男と勘違いしているようだけど、ここでわざわざ勘違いを正す意味もないので、何やら言いたげな雰囲気のソックの手を引きながらセバスの背中を追う。


「それでは、盾を消しますぞ」

「くっ……放せ! 私はこんなところで終わる人間じゃないんだっ! そ、そこの下民に嵌められ――――」


 俺達が廊下へ出ると、部屋の入口で待機していた男衆が部屋の中へ入る。


 セバスが指を弾いたタイミングで、部屋の中からパッキンの喚き声と暴れるような物音が聞こえて来たけど、部屋のドアが閉められるとそれもすぐに聞こえなくなってしまった。


 ホーラスを先頭にして俺達と……何故か後ろをついてくるビルは階段を上がり、二階のクジャクが描かれた部屋へと案内された。


「ささ、セバス様。そちらへお掛けください」

「ふむ……どうやらホーラス殿は勘違いしておられる様子だ」

「勘違い、ですか?」


 ホーラスは、セバスが何を言っているのか分からないと言いたげに首を傾げる。


 すると、これまた何故か部屋の中までついてきたビルが、ニヤニヤしながら俺の方を見て言った。


「ホーラスさん、ちょいと鈍ってるんとちゃいますか? こん中の頭ぁ張ってんのは君やろ?」

「何ですと!? そ、そうなのですか!?」


 ビルの発言を聞いて、驚いたような表情でホーラスはセバスに問いかける。


 その問いに無言で首肯するセバス。

 ビルはそんなホーラスの慌てっぷりを見てゲラゲラと笑っている。


 ホーラスの焦茶の瞳が俺の顔をまじまじと見つめてきた。


「し、失礼しました……その、お名前を伺っても良いですか?」

「はい、クレイと言います」

「すみませんが、あの部屋で当職員と何があったのか教えていただけますか?」


 それから、俺達はあの部屋で何があったのかを事情聴取される運びとなった。

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