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第20話 交渉

「な、何と……セバス様、この少年の語った事は事実なのですか……!?」


 俺が中心となって、一連の流れを説明し終えるとホーラスは額からダラダラと嫌な汗を流しながら、最後の希望かのように俺の後ろに立っているセバスの意見を仰いだ。


「無論、事実ですとも」

「で、ではこちらの足跡の付いた推薦状は……」

「パッキンなる輩が踏んだのを、この目で見ましたな」


 ホーラスは、顔を青白くさせながらテーブルの上に置かれた推薦状を茫然と眺める。


「ハ……ハハハッ、終わった。伯爵家の推薦状を踏みにじって挙句の果てに、商会設立金を取り上げ……商業組合は終わりだァ……ハハッ」


 パッキンのしでかした悪事の数々を知り、顔から表情がストンと抜け落ちてしまったホーラス。


 商業組合の信用を著しく毀損きそんする悪行の数々を知らされてしまい、ホーラスは茫然自失となってしまった。


「く、組合長へ報告してきますので……しょ、少々お待ちください……」

「お、おい。ホーラスぅ……って行ってしもぉたやん……アイツ、大丈夫かいな」


 ホーラスはゆらり、と椅子から立ち上がると「ハハ、終わりだぁ……ハハハ」とうつろな表情で呟きながら部屋を出て行ってしまった。


 思わず、といった様子でビルが呼びかけるも、ホーラスはピクリとも反応を見せなかった。


「なぁ、クレイのお坊ちゃん。あれ、大丈夫と思う?」

「お坊ちゃん……そ、そうですね。これからの交渉次第だとは思いますが……」

「さよか。まぁ当事者ちゃうワイが、口は挟まれへんのやけどな?」


 ま、手加減してやってや、とビルはカラカラと笑いながら言った。

 というか、この人は一体誰なんだろうか。


 いや、名前は知っているしホーラスと知り合いだったから、商会の関係者なのだろうけど、いつまでここに居るつもりだろうか。


「てかアンタ誰だよ! いつまでここに居るつもりだよ」

「まあまあ、ええやんええやん」


 少し気持ちが落ち着いてきたソックが、関係者でもないビルが居る事に気付いて食って掛かるも、ビルは気にする素振りもなくニコニコしながらのらりくらりと追及を躱す。


 正体も分からないし目的がハッキリしないビルの事が、だんだんと胡散臭く思えてきてしまった。


「ビルさ――」


 ソックと同じ事を思っていた俺が口を挟もうとした瞬間、コンコンコンとドアがノックされた。何とも間の悪い。


 ぐるり、と部屋の中に居るメンバーを見渡しても誰も返事をする様子がないので、しょうがなく俺が代表して返事をした。


「……どうぞ」

「失礼する」


 ギィ、とドアを開けて入ってきたのは杖を突いた白髪の老人だった。

 深い皺が顔に刻まれていて、灰色のスーツを身に纏っているからヤの付く職業の人かと思ってしまう程に迫力がある。


 声もドスが効いていて、爽やかイケメンのオズワルトよりもよっぽど貴族っぽい。


 背後にホーラスが付き従っているのを見ると彼が組合長なのだろうか。じろり、と水色の少し濁った瞳で俺達の顔を確認した老人は、コツコツと杖音を響かせながら歩いてくるとスッと頭を下げた。


「うちの職員が、すまなかった」

「あ、ハイ……はい?」


 もし組合長がとんでもない悪人で何と言われても反論出来るように、と身構えていたところへあまりに自然な流れで謝罪をされたものだから、つい反射で声が出てしまった。


 そのまま暫しの間、俺が固まっていると、老人から声を掛けられた。


「失礼、腰が悪いので椅子に掛けても?」

「ど、どうぞ」


 俺が促すと、老人はホーラスに支えながら椅子に座る。


「ワシはグリンドルと言う。ここの組合長をやっておる」

「クレイと言います」

「ふむ……クレイ殿、こちらの推薦状を手に取っても良いかな?」

「はい、どうぞ」


 グリンドルは俺に一言断ってパッキンの足跡が付いた推薦状を手に取る。


 推薦状を上から下まで読んだ組合長は硬い表情のまま、ハァ……とため息を吐いて再度こちらに深々と頭を下げて来た。


「クレイ殿、ソック殿、セバス様。どうか、ワシの首一つで勘弁していただきたい!」

「「く、首いぃっ!?」」


 首……首って処刑って事か!?

 グリンドルの口から飛び出した物騒な発言に、思わず椅子から立ち上がって叫んでしまった。横を見ると、ソックもギョッとしたような表情で立ち上がっていた。


「…………」


 まさか、オズワルトから貰った推薦状一つでグリンドルの首が飛ぶとかないよね……と恐る恐るセバスの方を伺うと、何故か目を逸らして口を手で覆っていた。


「くっくっく! グリンドルの爺さん、そろそろ茶番は止めぇや。クレイの坊ちゃん達がホンマやと思っとるで!」

「「えぇっ!?」」


 ビルが耐えきれない、とばかりにテーブルをバンバンと叩きながら気安くグリンドルに声をかける。


 よく見ると、グリンドルの肩がプルプルと小刻みに震えているのが分かる。


「わぁーっはっはっは――ゲホゲホ、ウェッホ、ウェッッッホン!」


 やられた……。あんまりに真剣な雰囲気だったから、騙されてしまった。

 笑いすぎてむせてるけど、この爺さん大丈夫か……。


「クレイ君、先ほど私が言っていた『よほどの事が無い限り貴族は平民街の事に関しては原則不介入』と言う原則を忘れているようだね」


 あ、そういえばヒマワリの部屋で賠償の内容を考えろと言われた際に、そんな事を聞いたような気がする……。


 行儀が悪いけど、俺はどっかりと椅子の背に体重をかけて座り込んだ。

 あっちが先にやって来たんだ。俺達が何をやろうと、とやかく言われる筋合いはない。


「はぁ……びっくりしたぁ……」

「クァーッハッハッハ! あのクレイの坊ちゃんの顔見たか!? 目ん玉飛び出しそうになっとったでぇ!」

「本当だぜ、皆して俺達を騙しやがって! コラ! 糸目も分かってたなら教えてくれたっていいだろ!」


 ソックは未だにヒーヒーとお腹を抱えて笑っているビルの肩を、バシバシと結構な勢いで叩いている。


 ビルもこの部屋に入れる時点で、結構な有名人なんだろうけどあんなに叩いてソックは大丈夫なんだろうか……まあ、叩かれている本人が気にしていないなら、いっか。


「はぁ……もういいからビルは放っておいてよ、ソック。さて組合長さん、俺達は商業組合に対して賠償を要求します!」


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