「ほう、賠償とな?」
先ほどまで愉快そうに肩を揺らしていた爺さん――グリンドル組合長の雰囲気が一変する。
それを感じてか、先ほどまでテーブルの横でギャーギャーと騒いでいたソックとビルも口を
「はい、俺達は商業組合の一職員であるパッキンの行為によって、直接的・間接的に経済的損失を被ってしまいました。つきましては、その損失分の補填と俺達への賠償を要求します!」
「なんと……」
ホーラスは未だに俺がこの中のリーダーである事に疑いを抱いていたのだろう。俺が組合長に対して話を始めると、驚いた表情を浮かべていた。
「ふむ。ひとまずそちらが要求している賠償、とやらについて教えていただこうか」
「組合長、パッキンの事情聴取も出来ていないのに賠償の要求を聞いてしまってもよろしいのですか?」
「ホーラス、パッキンは別の者が現在事情聴取をしておるし、ワシは賠償の内容を聞くだけでそれをそのまま賠償するとは一言も言っておらぬ。余計な口を挟まず、黙って聞いておれ」
「は、はい。話の腰を折ってしまい、申し訳ございません……」
ホーラスは心配そうにグレイドルに意見するが、グレイドルはそれを一蹴。
ホーラスは額の汗を拭いながら、俺の方へ謝罪をして来た。とりあえず俺の話を最後まで聞く構えだ。
「ゴホン、それでは続けます。俺達は四日前、一度商業を訪れて商会の設立を試みました。その際、職員であるパッキン氏が俺達を担当したのですが、持参した商会設立資金である銀貨五十枚を奪われてしまいました。こちらの返還を要求します」
これが直接的な損失。
問題は次。
「次に、間接的な損害ですが俺達が商会を設立していたら稼げていたはずの、金貨千五百枚の賠償を要求します」
「せっ……千五百枚……」
俺が突きつけた要求に、視界の端でビルがピクリと反応したのが分かった。
ホーラスは黙っている事も忘れて、思っている事が口に出てしまっている。
グリンドルは、先ほどから瞑目したまま微動だにしない。
「商業組合としての返答はいかに!」
さあ、グリンドルの爺さんはどう出る!?
俺が爺さんの顔を凝視していると、ゆっくりと目を開けたグリンドルは徐に口を切った。
「クレイ殿、そりゃちと高すぎる。それに失礼じゃが、どうやったらクレイ殿が五日間で金貨千五百枚を稼げるのか、ワシには到底想像もつかん」
まあそうだよな。そこは必ず突っ込まれると思っていた。俺達みたいな靴も履いていないガキが、五日で金貨千五百枚も稼ぐなんて信じろという方が無茶だ。
「ふむ、今から実演してもいいんだけど、ビルさんとホーラスさんは部屋から出て行ってくれないか?」
「んなっ!?」
「何……!?」
俺が二人を名指しすると、二人とも驚いたように俺の方を見つめて来た。
いや、当たり前じゃん。
部外者に飯のタネを見せてやるほど俺は甘ちゃんじゃないんだ。ほら、交渉の邪魔だから出て行ってよ。
「えぇぇ、そらないで!? クレイの坊ちゃんもそないにケチケチせんと、見せてくれたってええですやん!」
「い、いくら『守護騎士』殿がいらっしゃるといっても、組合長をお一人にする訳には参りません!」
俺の要求は受け入れ難いようで、二人共嫌そうな雰囲気が伝わってくる。だが、俺も譲らない。
「じゃあ、俺のする事を他人に伝えない事。俺の真似を一切しない事。もし今後、俺が作る物と似たような商品が出て来た場合、金貨千万枚を一括で弁償する事を契約書に残すなら、この部屋に居ても良いけど?」
俺がそういうと、二人は露骨に顔を
将来のライバルになるかもしれないのに、わざわざ手の内を明かすなんて馬鹿な真似はしない。
「ふむ、二人ともすぐに出て行くように」
グリンドルは俺の目をじっと見つめると、何かに納得したように頷いて二人の退室を促した。
「組合長!?」
「ちぇっ、しゃあないの~」
「ほらほら、早く出て行ってよ。ソック、ドアの前で二人が聞き耳を立てないように見張っててくれる?」
俺がそういうと、ソックは二人をグイグイと外へ引っ張り始めた。
「おう、任せとけ!」
「く、組合長~!!」
ビルもホーラスも二人とも、本当に渋々ではあるが部屋の外に出て行った。
ホーラスなんか、ソックが後ろから押し出すようにしてようやく歩き出したからな。
「クレイ君、私はここに居ても良いのかな?」
俺が立ちあがって部屋の鍵を閉めていると、後ろからセバスが声を掛けてきた。
「はい。セバスさんには、俺のやる事を見ていただかないと困ります」
「それはそれは……ではお言葉に甘えて見させていただくとしよう」
セバスには事の成り行きをオズワルトに報告してもらう必要もあるし、フィリウス伯爵家が後ろ盾になる以上、フィリウス家と仲が悪い他の貴族から商会を守ってもらう必要がある訳だ。
そこで、「こんなに凄い事出来るからちゃんと守ってね」とアピールするためにあえてセバスには残ってもらったという訳だ。
「組合長、この皿なんですけど割っても良いですか?」
「それが必要なのか?」
俺は、部屋に備え付けてあった来客用と思われる陶器のティーソーサーを二枚ほど手に取った。
グリンドルは少し戸惑いながら、尋ねて来た。セバスも何をするのかと期待のまなざしで見つめてくる。
「はい、絶対に必要です」
俺が深く頷くと、グリンドルはあっさりと許可を出してくれた。
「良いだろう、割ってくれ」
俺の手から離れた二枚のソーサーは重力に従って落下し、甲高い音を立ててそれぞれが三つの欠片に割れた。
『ちょっと、入るなって!』
『組合長! 部屋から物音がしましたが、ご無事ですか!?』
どうやら、部屋の外にソーサーが割れた音が聞こえていたらしい。ドンドン、と木製のドアをホーラスが叩いている音と声が聞こえてきた。
「無事だ! ホーラス、部屋から離れておれ!」
『は、はい……』
『おい、糸目もこっちに近付いてくんな! あっち行ってろ!』
グリンドルが部屋の外へ声を掛けると、ホーラスのホッとしたような声が聞こえて来た。
すぐにソックがホーラスと、どさくさに紛れてドアに近寄ってきていたビルを遠ざける声が聞こえた。
「どうにもヤツは心配症で困るな……すまぬ、続けてくれ」
グリンドルに促されて、俺は両手を使ってそれぞれ柄の違うソーサーの破片を持った。
「あはは、分かりました。それじゃあご覧ください……【土あそび】!!」
そうして俺は、初めて人の目の前でスキルを使用した。