「……そ、その」
ネオンは目を伏せて、ばつが悪そうに言いよどむ。
動きを阻害しない程度に飾られた髪と、薄く施された化粧。女性狩人が好む、動きやすさと華やかさを備えた服装。これがネオンの素顔なのだろうか、とナデシコはネオンを見つめる。
「とりあえず、あっち行きましょうか」
「あ、うん……」
ナデシコはネオンの手を引いて表通りに出て行く。明るく賑わう大通りの光景は、薄暗い路地での交戦が嘘のよう。ナデシコは繋いでいた手を離して、ギルドを指さした。
「あたし、今からギルドに行くつもりなんだけど、あなたは?」
「あ、ああ。うん、私も行くよ。仕事を受けに行くところだったんだ。ナデシコは何か用事でも?」
「欲しい本を見つけたから、手っ取り早くできる仕事がないか聞きに行くの」
「これでも稼いでいるから、多少なら出せるよ?」
「ありがと。でもせっかくだし、自分で働いてみるわ」
ナデシコがひらひらと手を振りながら言えば、ネオンは楽しげに微笑んだ。動揺は少し落ち着いたらしい。
「やっぱり変わってるね、ナデシコは」
「それはどうも。……ごめんなさいね、探っちゃって」
「いいや、構わないよ。隠し事をしていた私に非があるんだから」
ネオンの声にも表情にも、言葉通り非難の色はない。ナデシコは少しだけ声を潜めて問いかける。
「どうやって呼べばいい?」
「名前で大丈夫。偽名は使ってないから」
「大胆ね」
「姉上の妹だからね」
「その姉君はこのこと知っているの?」
ネオンの視線がついと逸らされる。ナデシコはつい先日のクエリとの会話を思い出して、呆れとも感嘆ともつかないため息をこぼしていた。
「だ、大丈夫。もう五年は経つけどまだ叱られてないから」
「怒られることしてる自覚があるなら白状しなさいよ」
「……姉上は怒らせちゃいけないって上姉さんと下姉さんが言ってた」
クエリの怒りを恐れる声は年相応の少女そのもの。可愛らしさが強い印象は、つい今しがた、あっけなく尾行者を片付けた手練れと同一人物だとは信じられないほどだった。
もともと目的地が近かったこともあって、ギルドはすぐに見えてくる。ネオンは気を取り直すように、頭を何度か横に振った。
「ナデシコが良ければ、私の仕事を手伝ってもらえないかな? 話したいこともあるしね」
「ええ、喜んで。あなたの戦いぶりも見てみたいし、ちょうどいいわ」
書店でのやりとりで、ナデシコが仕事を得られたとしても簡単な雑用が関の山なのはわかっていた。ナデシコがこれ幸いと頷けば、ネオンは明るい笑みを浮かべる。
「なら、今から君は私のパートナーだ。よろしくね」
ネオンは軽快な足取りでギルドの中へ。一歩遅れて建物へ入ったナデシコが見たのは、親しみのこもった歓迎を受けるネオンの姿だった。
「お、来たな
「未成年に飲ませようとするんじゃないよ、ぼんくら! ネオンちゃん、今日も仕事かい?」
「ん? 姫さん、後ろの子は?」
ギルドに集まっていた狩人や職員がよってたかってネオンを可愛がる。中にはナデシコのことを尋ねている人間もいたが、ナデシコ自身はネオンが説明してくれるだろう、と判断して受付へ向かう。
「こんにちは。あそこの人と一緒に仕事に行きたいんだけど、何か手続きはある?」
「ネ、ネオンさんとですか……!?」
受付をしていた若い女性職員はなぜだかとても驚いていた。その反応にナデシコが首を傾げていると、職員は悩みながらも頷いて、書類を取り出す。
「本当なら実績がない方の狩りは認められないのですが、ネオンさんのご紹介であれば特例ということで。こちらの同意書にサインと、いくつか聞き取りに協力いただければ大丈夫です。識字はできますか?」
「ええ、問題ないわ」
提示された書類に記されていたのは、有事の際、国家連盟の戦力に数えられることを認めるか、という確認だった。ナデシコは少し迷いつつも、どうせネオンだって同意しているのだから、と署名。職員はその間に聞き取りの準備を終えていた。
「ナデシコさん、ですね。武器は何を?」
「魔術ね。剣は護身くらいしかできないわ」
「魔術師、と。では杖を見せていただいてもいいですか?」
「杖――ああ、触媒のこと? それなら使ってないわ」
ナデシコの返答に、職員の朗らかな笑顔が固まった。職員はいかにも半信半疑の声で、硬い笑顔を貼り付けながらナデシコへ尋ねる。
「そ、その。失礼ながら、実戦で杖どころか触媒も使わない魔術師の方がいるという話を聞いたことがないのですが、本気でしょうか?」
「あいにく、師匠の方針で使わない癖が付いちゃったの。それに杖なんて使ってたらあからさまじゃない」
「あ、あからさまとは」
「魔術が使えるって、わざわざ主張する必要もないでしょう?」
何を当然のことを、と言わんばかりのナデシコの声に、今度こそ職員の表情が凍った。職員は助けを求めるように、ナデシコの近くへ来ていたネオンへ流れを向ける。
「あの、ネオンさん。ネオンさんのことは私たち一同信頼しているのですが……この方、実はどこぞの隠密では?」
「なんでそんなこと疑われてるの!?」
「あー、あはは、うん。隠密っぽい思考回路はともかく、ナデシコの身元は確かだよ。私が保証する」
「ネオンまで!?」
ナデシコからすればいわれのない疑いに憤るものの、ネオンと職員の意見が一致してしまっていると弁明の術がない。
公の戦力である狩人のギルドを訪れていながら、武力をアピールする必要がないと主張する違和感にナデシコだけが気付かないまま、ネオンと職員のやりとりはつつがなく進んでいた。
「さて、これで許可はもらえたし――行こうか、ナデシコ」
「ううぅ、あたしは魔術師なのに……」
今度はナデシコが手を引かれてギルドの外へ。隠密扱いに不満をこぼすナデシコの姿を見て、ネオンは口元を緩ませていた。