「綺麗な戦斧ね」
ネオンが背負う戦斧の造形に、ナデシコは心から惚れ惚れとした声をこぼす。
戦斧は夕陽を閉じ込めたような結晶で作られていた。竜はえてして宝石を好み、それは飾り気のないナデシコも例外ではない。戦斧の輝きに目を奪われるナデシコへ、ネオンはいたずらが成功したときのような笑みを向けた。
「実はこれ、悪魔の翼なんだ」
「……は?」
ナデシコの喉から呆気にとられた声がこぼれる。ネオンの表情は楽しげだった。
「『
「……道理で信頼されてるわけね。あなた、下手な竜より強いってことじゃない」
「びっくりしたかい?」
「ええ、とっても」
十七歳という若さで悪魔を討伐した実績があるのなら、ギルドでの反応も頷けた。悪魔を討伐した英雄だから、ネオンは慕われ、可愛がられ、信頼されている。さっきまで見ていた光景を思い出せば、嘘を疑う余地はない。
「なら、あたしが手伝うことなんてないんじゃないの?」
「いいや、ナデシコが来てくれないと仕事にならない。ちょっと厄介な場所だから、私も今まで手が出せていなかったんだ」
ネオンの言葉に、ナデシコはきょとんと首を傾げる。ネオンは微笑みながら、街の外への先導を始めた。
ここの料理は美味しい。この書店はナデシコも気に入るかも。ここのお菓子はイウリィのお気に入りだ。ネオンは道すがら、そんなとりとめのない紹介を楽しげにする。
その姿を見るだけで、ナデシコがネオンの思いを悟るには十分だった。ネオンにとって、この街はかけがえのないものなのだと、明るい表情が物語っている。
街から外れるにつれて、人の姿もなくなってきた。ナデシコは万が一にもネオンの素性がバレないよう、言葉を選びながら、ネオンを追いかけて街に出てきた理由を伝える。
「この前、姉君と話をしたの。あなたたちの父親の話も聞いたわ。だからあなたのことが気になって」
「……そっか。心配性だな、姉上は」
ネオンはまだ笑みを浮かべているが、先ほどまでの楽しげなものではなかった。
楽しそうでもあり、悲しそうでもあり、心のうちが読み取れない曖昧な笑顔。手を伸ばせば届きそうな距離にあると思っていたネオンの本心が、どこか遠くに消えてしまったような表情だった。
ナデシコが、ネオンの曖昧な表情を見るのは二回目だ。初めて会ったときは気にも止めていなかったネオンの笑みを今見ると、すべての本心をしまって潰しているようにも思えてくる。
「……父が亡くなったとき、私はまだ幼かったから、姉上たちの計画のことは何も知らなかったんだ。でも、あの人が亡くなったと聞いたときに、姉上たちがとうとう動いたんだなって子供ながらに悟ったよ」
「子供でも、か。本当にろくでもない人間だったのね」
「うん。きっと、そうだったんだろうね。……正直なところ、私はほとんど何も覚えていないんだ。はっきりしている最初の記憶は、あの人の葬儀が終わって、上姉さんと下姉さんが私を抱きしめてくれているところだから」
ネオンは微笑みながら話を続ける。
ナデシコは口を挟まず、ネオンのあとをついていく。
「もう大丈夫、もうあの男はいないから、って上姉さんと下姉さんが言っているのを聞いていたらね、どうしてか声が出なくなっちゃったんだ。幸い、一年くらいで声は出せるようになったんだけど、今も向こうに行くと、頭の中が痺れて、何か恐ろしいものに見つかってしまうような感覚に襲われる」
悪魔狩りに至ってもなお、幼い日の傷は癒えていない。
ナデシコはあくまで魔術師だ。心の問題について知っていることなどないに等しい。けれどネオンにつけられた傷が、心の奥深くまで抉れているような代物なのは想像がつく。
「これでも強くなったはずなんだけどね。まったく、情けないよ」
「……強くなりたいから、外に出たの?」
「うーん、そこはちょっと違うかな。私なら狩人になれると思ったから、外に出たんだ」
ネオンは笑う。曖昧さはどこかに消えた、楽しげな笑みだった。
「私は誰かの役に立ちたかった。狩人になったのは、身体を動かすのが得意だったからってだけだよ」
「そう。それで悪魔まで討伐しちゃうなんてとんでもない人ね」
「ふふ、私も自分でびっくりしたよ」
ネオンは平原を外れて、開拓されていない森の中へまっすぐ向かっていく。ナデシコは一体どこを目指しているのだろう、と首を傾げながらも茂みをかき分けて、不意に鼻をついた泥の臭いにおおよそを察した。
「この先に沼でもあるの?」
「正解。底なし沼に孕んだ魔物が棲んでいてね。出産前に狩っておきたかったんだけど、足場が最悪だから誰も手を出せていなかったんだ」
「そういうこと。どんな状況を作ってほしいか、ご要望はある?」
「母体を引きずり出してほしい。可能なら巣の様子も見たいんだけれど、できるかい?」
「あら、これでもサイレンスなんだから舐めないでもらえる?」
ナデシコは不敵に口元を吊り上げて、沼地一帯へ意識を向ける。
ネオンの要望を叶えるなら、沼ごと浮かしてしまうのが手っ取り早い。泥土を掴み、宙に持ち上げて、固定する。それぞれの過程に高い技量が求められる術を、ナデシコはいともあっけなく行使。
これまではナデシコが驚くばかりだったが、今度はネオンが呆気に取られる番だった。
「……わぁ」
「ほら、行くならちゃっちゃと行く。お目当てが逃げちゃうわよ」
ナデシコはあくまで手伝いに来ただけ。魔術に気を取られているネオンを促せば、返ってきたのは楽しそうな声だった。
「ふふ、そうだね。さすがはナデシコだ!」