白銀の髪と薄紫色の瞳。エンラの容姿は娘との血の繋がりを確かに感じさせるもので、誰が見ても親子だと疑わないだろう。
だからこそ、ナデシコは目を疑った。竜が人の形を取れば、そこには必ず竜の証拠が現れる。鱗だったり角だったり尻尾だったり、人の形をしていようと一目で竜と判断できるのが当たり前だからこそ、首筋の鱗というほんのわずかな証拠しか持たないナデシコは笑われてきた。
それなのに、今のエンラには竜の特徴が一切ない。これまでの常識が崩れて混乱するナデシコと、思いもよらない場所で遭遇した娘の姿に戸惑うエンラ。二人は固まってお互いを見つめ合い、どちらからともなく口を開こうとしたそのとき。
「はっ、隙だらけだぞクソ竜帝!」
「っ、しまっ――」
隠形を解いて姿を見せた男――ナデシコの師匠、オドゥ・ナエがエンラの頭に綺麗な回し蹴りを食らわせた。
「……え?」
エンラは蹴られた勢いで床に倒れ、頭をぶつける。ナデシコは父が襲われたことも、喧嘩別れしたオドゥが目の前にいることも理解できなくて固まる。エンラにいい一撃を浴びせたオドゥは息を整えつつ、応接間を一瞥して、ナデシコの姿にようやく気が付いた。
「あー……すまん、邪魔したな」
「帰んじゃないわよ、バカ師匠!」
オドゥが踵を返すや否や、ナデシコはすぐさま足止め。状況が飲み込めなくても身体は勝手に動いていた。
シュトラル姉妹やイウリィが戸惑い、エンラも立ち上がれていない中、師弟はかつてとまったく変わらない調子で魔術と暗器が飛び交う言い争いを始める。
「ねえ、何してるの!? ほんとに何してるの!? 何で師匠がお父さんを襲ったのよ!?」
「あああああ! うるせえなガラス娘! お前には関係ないだろうが!」
「父親が師匠に襲われたのに、はいそうですね、って引き下がれるわけないでしょうが! 説明くらいしていきなさいよ!」
ナデシコが作る風の刃も、オドゥからすれば空気の流れを読むだけで回避できるもの。一方、オドゥがあらゆる体勢から投げつける暗器も、常に障壁を張っているナデシコには届かない。
ナデシコとオドゥが千日手の言い争いをする傍らで、エンラは身体を起こすとクエリたちのそばへ近付いた。
「今回は災難だったね、クエリ。被害がなかったようで何よりだ」
「エンラ殿、仕切り直しても誤魔化されませんからね? 彼は一体?」
クエリはにこりと笑って問いながら、オドゥへ視線を向ける。エンラは腕を組んで、深い呼吸とともに答えた。
「ナデシコの育て親だ。今は条件付きで密偵をしてもらっている」
「密偵?」
「彼はもともと隠密でね、天導教との繋がりも持っているんだ。今回も、彼が持ってきてくれた情報のおかげですぐに来られた」
「なるほど、そういうこと。ところで、あの喧嘩を止める方法は?」
「……多分、放っておけばそのうち」
エンラは苦さをこらえるような声音で曖昧な答えを返す。クエリは頷くと、楽しげな表情で言い争いを観戦していたウルミアとミラリスに呼びかけた。
「ウルミア、ミラリス。水でも浴びせてあげて」
「あら、面白いのに」
「とはいえ姉上の言う通り、ずっと待つわけにもいかないものね」
双子が懐から取り出したのは、純銀で編まれた鎖だった。ウルミアは右手に、ミラリスは左手に鎖を絡めて、詠唱を紡ぐ。
「『落ちる雨水、滴る露草』」
「『上から下に、重みの通りに』」
魔術が成立して、水の塊がナデシコとオドゥの頭上に作られる。そして瞬く間に落下。意識をお互いに集中させていた師弟は双子の魔術に気が付かず、頭から水浸しになった。
ナデシコとオドゥは水の冷たさで、ようやく口論と攻撃の手を止める。話を仕切り直したのは、くすくすと笑うウルミアとミラリスだった。
「さて、我らが愛しの姉上のご要望は成立しました」
「竜帝エンラ殿。あなたがいらっしゃったということは、大事なお話があるのかしら?」