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第21話 ナデシコは思考に溺れて、衝撃に殴られる

「――つまり、天導教の目的は悪魔が持つ王冠。そして『暁』のフレアが持っていた王冠は、ネオンが預かっている」

「はい、まさにその通りです……」


 話をまとめ終えたクエリは天を仰ぐと、静かに息を吐き出す。直後、倒れ込むようにくらりと全身を脱力させた。


「あ、姉上!?」

「まさか、そんなことまでしていたなんて……」

「ええ、私たちも姉上に完全同意よ。心臓が止まるかと思ったわ」

「ネオン、姉上と私たちに言うことは?」


 姉たちの反応と言葉に、ネオンはまっすぐ姿勢を正して頭を下げる。謝る声は震えていても真剣だった。


「姉上、上姉さん、下姉さん。ずっと黙っていて、心配させてごめんなさい」

「はい、よく言えました。ネオン、あなたが悪魔狩りの破暁でもね、私たちはとても心配なの」

「あなたが戦うことは止めないわ。でも、私たちが無事の帰りを待っていることは忘れないで」


 ネオンはこくこくと頷く。やりとりの間に気を持ち直していたクエリは深い呼吸をすると、雰囲気を静かに一転させる。

 顔の前で両指を絡め、ここにいない敵を見据える瞳は猛禽そのもの。姉妹の会話を見守っていたナデシコはクエリの変化に、思わず生唾を飲み込んでいた。


「――さて、天導教をどうするか。ネオンのおかげで奴らの狙いは分かったけれど、結局目的は不明のまま」


 クエリの目がナデシコとイウリィに向けられる。種族こそ違っていても、天導教という共通の敵を持つ竜と人魚へ。


「ナデシコ、イウリィ。何か思い付くことはある?」

「申し訳ありません、陛下。私は魔物の常識を持っていなくて」


 イウリィはすぐに首を横へ振る。一方、ナデシコは指先を唇に添えて、思考を回転させていく。


「王冠は力の器、支配者の証。形のない、継承される概念。王冠の継承に種族が関係ないのはネオンが証明していて――いえ、封印しているなら悪魔に意識はない」


 埋没は終わらない。ナデシコは思考に溺れて、無意識に呟きをこぼす。


「悪魔を封印しているからには理由があるはず。ネオンが言った通り、魔物の力を削ぐためとは思えない。なら、継承の他に王冠を利用できる手段を持っているってこと?」

「――ナデシコ。ナデシコ、聞こえてる?」

「王冠……そもそも、どうして竜は魔物とされなかったの? 王冠の有無で悪魔と魔物が区別されるなら、王冠を継承している竜だって魔物になるはずなのに。天導教にとって何が違うの? あたしたちと魔物に何の違いが――むぅ!?」


 とめどなく溢れていた思考が、口を塞がれて強制的に止められる。ナデシコは集中のあまり、周りが何も見えなくなっていたから何が起きたのか理解できなくて目を見開く。目の前には心配そうな顔をするネオンがいた。


「ナデシコ、ストップ。今は結論なんて出せないんだから」

「……あたし、そんなに集中してた?」

「うん、納得するまで戻ってこないだろうなって分かるくらいには」

「そっか。……ありがと」


 ナデシコは瞬きも忘れるあまり乾いていた瞳を閉じて、いったん深呼吸をする。考えすぎたせいで頭に熱を感じるほどだった。


「陛下、ごめんなさい。あたしも天導教の狙いは想像できないわ」

「いいえ、ありがとう、二人とも。……ここまで生き物って集中できるものなのね」


 感嘆混じりにクエリは呟く。

 王冠という手がかりがあっても、天導教の狙いは分からないまま。アゥダーリーは天導教に誘導されてシュトラルへやってきたのが確かな以上、放置するわけにもいかないが、今の情報だけで推測するには限界がある。

 トントンと、クエリは腕を叩きながら思案する。そのとき、人払いされて誰も近付かないはずの部屋に近付く足音がやってきた。


「……姉上」


 真っ先に反応したのはネオンだった。ネオンが戦斧を手に取って腰を浮かすと、クエリは首を振って制止した。


「大丈夫。あの人たちが素直に通すなら、私の知己のはずよ」


 紅蓮隊への全幅の信頼を置いた言葉。ネオンも頷いて、戦斧を降ろした。そして部屋の中へやってきたのは、白銀髪の男性だった。


「やあクエリ、探したよ。今回は災難だったね」


 親しげに呼びかける声。その声にナデシコは思わず立ち上がって、目を見開いていた。

 立ち上がった勢いで、ナデシコの白銀の髪が流れる。ナデシコは彼の姿を知らないのに、声はあまりにも聞き馴染みのあるものだった。


 ナデシコは指先を震わせながら、おそるおそる振り返る。お互い初対面のはずなのに、男性もナデシコの姿を見て、驚きを隠すことなく固まっていた。


 ナデシコは今更思い出す。そういえば生まれてこの方、父が人の形を取ったところは見たことがなかったな、と。


「……もしかして、お父さん?」

「――ナデシコ」


 肯定に等しい呟き。

 竜の頂点に立つ竜帝。その人型には、竜の特徴が一つも存在していなかった。

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