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第20話 長女のお説教

 エダとアゥダーリーとの戦いを終えて、クエリが待っているというギルドの応接間に案内されたナデシコは戸惑っていた。

 クエリだけではなく、同じ人間が二人いたからだ。


「え、えっと……?」


 赤髪緑眼。同じ顔に同じ体格、同じ装い。まったく見分けの付かない女性二人はくすくすと笑い、やっぱり同じ声質で言った。


「はじめまして、ナデシコ。挨拶が遅れてごめんなさい」

「私はミラリス、隣はウルミア。こちらの怖い性格をした女王陛下の妹よ。つまりあなたのお姉さんね」


 名乗る間も双子はくるくると手を取り合って位置を入れ替え続け、特定を難しくさせる。ナデシコの処理能力はかつてないほどに追い詰められ、パンク寸前だった。


「え、えっと、えっと」

「ウルミア、ミラリス、からかうんじゃないの。ナデシコ、双子という生まれ方を知っている?」

「双子……ええ、言葉の意味なら。けれど、ここまで一緒の形になるものなのね」


 卵から生まれる竜に双子の概念はない。ナデシコも本でたまたま目にしたから語彙として知っていただけで、目の当たりにするのは初めてだった。

 ウルミアとミラリスは楽しげに、ナデシコの反応を見ている。クエリはため息をつきながら、姉としての調子で答えた。


「そうね。顔はそっくりになることが多いんだけれど、この二人は意識して見分けられないようにしているから」

「そう、姉上の言う通り。私たちを見分けようとしなくてもいいのよ、ナデシコ」

「私はミラリス、隣はウルミア。でも次の瞬間には私がウルミアで隣がミラリスになっているかもしれないんだから」

「は、はあ……」


 まだ同じ顔をした二人を見慣れなくても、そういうものだと理解すれば双子のショックは落ち着いてくる。

 ナデシコはこの二人が、ネオンから話だけは聞いていた「上下姉」だということをようやく飲み込むと、ぺしぺしと頬を叩いて名乗り返した。


「はじめまして、両殿下。あたしはナデシコ。義妹としてお世話になるわ」

「ええ。よろしくね、ナデシコ。それとね、私たちはシュトラルの魔術研究の責任者なの」

「お飾りだけどこれでも魔術師。そのうち一緒に本でも読みましょ」

「え――それはもう、ぜひ喜んで! あたし、師匠以外の魔術師とは会ったことがなかったの!」


 ナデシコは喜びを隠さずに即答する。クエリはそんな、尻尾が生えていれば大きく振れていたナデシコの反応に微笑んでから、紅蓮隊が守っている、開け放たれたままの扉の向こうへ呼びかけた。


「さて、ネオン?」

「あ、あう、う……ほ、本日はお日柄も良くっ!」

「人払いはしてあるし、ウルミアとミラリスが防音をしているから、周りを気にしなくて良いのよ?」

「イ、イウリィ……」

「ほら、ネオンさま。一緒に行けば大丈夫ですよぅ」


 ネオンはイウリィに手を引かれて、クエリの前に引き出される。

 ネオンが必死に目を逸らす一方で、クエリはにこにこと笑っていた。


「まずは今回の件を迅速に収めてくれてありがとう。それに『暁』の討伐も。とっても強くなったのね、ネオン」

「は、はい……」

「それはそれとして。いつから狩人をしていたのか、あなたの口から教えてくれる?」


 クエリはあくまで柔和に笑っているだけ。それなのにネオンの表情と声には絶望感が満ちていた。


「ご、五年前から、こっそり」

「どうして何も相談してくれなかったの?」

「その、反対されると思ったし、心配もかけたくなくて……」

「知らないところであなたが死んでしまったら私たちがどう思うか、とは考えてくれなかったの?」

「う、ぅ、それは……」


 結果的に生き延びて、狩人でも有数の実力を身につけられたから問題にならなかっただけ。ネオン自身、何度も危ない橋を渡ってきた自覚があるからこそ、目は泳ぎ続けるし声は弱々しい。


 とはいえ、クエリのお説教は至極まっとうなものだった。

 どうしてネオンはあれほどまでに恐れ、今も追い詰められた目で絶望しきっているのか。ナデシコが首を傾げていると、ウルミアとミラリスがやってきて、耳元にささやきかけてきた。


「ふふ。ネオンったらきっと、姉上に怒られるのをとても怖がっていたんでしょう?」

「不思議でしょう? 姉上は冷静でお説教は正論だし、むしろ甘いくらいなのに」

「ええ。あんまり怯えていたから、もっと激しくなるかとばかり思ってたわ」


 ナデシコが頷けば、双子はまったく同時のタイミングで微笑んで、叱られる妹を見る。

 ウルミアとミラリスにとっても、ネオンは大切な妹。ネオンがクエリに怯える理由がどれだけ情けないものでも、可愛らしさをかき立てる理由にしかならない。


「私たちも姉上も、ネオンのことはつい甘やかしてしまうの。だから、あの子も甘えん坊になってしまってね」

「あれだけ優しい怒り方でも、ネオンからすれば姉上が恐ろしくて仕方ないみたい。とっても強いのに、やっぱり末っ子ね」

「……いや、何よそれ。まったく、悪魔と契約するような胆力はあるくせに情けないんだから」


 ナデシコが呆れとともにそう呟いた途端、こんこんと続いていたクエリのお説教がぴしりと止まった。

 ネオンはクエリに叱られることで頭がいっぱいになっていたから、ナデシコの呟きに気が付いていない。急に固まったクエリへ、おそるおそるながらも心配そうに呼びかける。


「姉上? 姉上、なにかあったんですか?」

「……ネオン。悪魔と契約した、というのは?」


 クエリの表情からは一瞬で余裕が消えて、焦りと不安がいっぱいになっている。ナデシコの両隣にいるウルミアとミラリスも、ぱちくりと瞬きを繰り返していた。


 ナデシコはその様子を見て、口を滑らせたことを自覚して――まあいいか、と自分を肯定した。ネオンは一度、この機会にしっかり怒られておいた方が良いに違いない。

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